「(松坂慶子…?)」
『内田有紀』を探して、京急川崎駅前の横断歩道で、信号待ちをする時、ビエール・トンミー氏は、左右に視線を送った時に、あるご婦人に睨まれたのだ。
「(いや、そんなはずはない。松坂慶子が、こんなところにいるはずがない)」
松坂慶子だって、京急川崎辺りにくることはあるかもしれないので、ビエール・トンミー氏の思いに正当性がある訳ではなかった。
しかし、そう、そのご婦人は、多分、松坂慶子に似たご婦人であったのであろう。
「(だが、どうして、どうして、ボクを睨むのだ?)」
信号変り、横断歩道へと足を出した。
「京急って、殆どの駅名を変えるってニュースあったわよね?」
横断歩道を渡りながら、線路の高架横に付けられた『京急川崎駅』という駅名看板を見て、妻が訊いてきた。
「あ?...ああ」
ビエール・トンミー氏は、気のない返事をした。
「『京急川崎』も駅名を変えるのかしら?」
「いや、『京急川崎』は変えないんじゃなかったかなあ」
なんとか妻に答えたが、背中に射るような視線を感じていた。
「(ボクが何をしたというのだ?『松坂』さん、貴女のことを視ていたわけではない)」
信号待ちの際の『松坂慶子』のきっとした表情は、何故か、こう云っているように見えた。
「私は、武家の女よ!」
(続く)
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