(夜のセイフク[その78]の続き)
「フライング・クロス・アターック!」
と叫ぶと、エヴァンジェリスト君は、量を体の前でクロスさせたアマ、同級生のミージュ・クージ君の胸元に突進して行った。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後であった。
「フライング・クロス・アターック!」
と叫ばれても、ビエール・トンミー君もクラスの他の誰も、それがプロレス技らしきことくらいしか分らなかった。
それが、ミル・マスカラスという人気覆面レスラーの得意技とは知りようもなかったのだ。
ミル・マスカラスが初来日するのは、その翌年(1971年)のことであった。
エヴァンジェリスト君だけは、月刊『ゴング』というプロレス雑誌で、ミル・マスカラスとその得意技を知っていたのだ。
「フライング・クロス・アターック!」
と叫んで、同級生に突進していく、陽気というか、少々イカレタ生徒の姿には、どう理解していいのか不明な、少々居心地の悪い放送劇『されど血が』の作者、監督の面影は微塵も感じられなかった。
『されど血が』の放送は(『放送』と云っても、ホームルームでテープを流しただけであったが)、異次元での出来事であったのか、とさえ思われるものであった。
実際、エヴァンジェリスト君が主宰する冊子のようなもの『東大』では、『ミージュ・クージ vs ヒーバー』というクダラナイをしか云いようがない読み物の連載が再開されていた。
そのクダラナさが、エヴァンジェリスト君の真骨頂であったのである。
ヒーバーは、比婆山にいるとされ、広島市内に出没する、とされながらも一向に出没はしない。
だから、ヒーバーを退治することが期待される『ミージュ・クージ』も、どうやら相当に強い存在であると噂されるだけで、その力を発揮することはないまま、物語は進んでいくようで進まない、まるで、後の『夜のセイフク』というあるブログ記事のような展開であった。
(続く)
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