『少年』は、翠町にあった済世愛児園という幼稚園の時代、宇品にあった自宅は、風呂は共同風呂の長屋で、まだテレビもなく、毎週金曜日の夜には、お向かいのトコトコさんの家で見せてもらえるテレビ番組は、隔週で放送となる『日本プロレス中継』と『ディズニーランド』だけという貧しい暮らしながら、ハブテン少年ではあったのだ(いや、当時は、まだ『幼児』と云うべきであったであろうが)。
だって、ハブテルと、
「あんたあ、ハブテンさんな」
と母親に叱られるのだ。
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(ハブテン少年[その13]の続き)
「ほおねえ」
居間のソファに座った母親の言葉は、ただ一言であった。
「ムジカ先生が、『明日から、お前、ブラスバンドに入れ』じゃと」
エヴァンジェリスト少年は、ハブテン少年としてはギリギリの不満を言葉に滲ませ、母親に訴えた。しかし……
「ほおねえ」
母親の反応は、変わらずつれないものであった。
「入らんといけんのんかいねえ?」
気落ちしたエヴァンジェリスト少年は、母親の顔色を伺うような物言いになった。
「嫌なんねえ?」
「嫌じゃないけど….」
ハブテン少年としては、そう云うしかない。
「ほいじゃったら、入ったらええじゃないねえ」
「ほおかいねえ….」
「あんたあ、鼓笛隊にも入っとったじゃないねえ」
「ほおじゃけど….」
「笛も上手いけえ」
「うん、ほおよねえ」
エヴァンジェリスト少年は、ハブテン少年である前に、まだ、ただの『少年』であり、母親の褒め言葉にいい気になってしまった。調子に乗ってしまったのだ。
母親も決してベンチャラで褒めた訳ではなく、素直な気持ちから発した言葉であった。鼓笛隊の中で、自分の息子の吹く笛の音を聞き分けることができたのではなかったが、何をしても優秀な末息子のことだから、きっと笛も上手い、と確認したのだ。
こうして、
「明日から、お前、ブラスバンドに入れ」
というムジカ先生の言葉通り、エヴァンジェリスト少年は、その翌日から、放課後、ブラスバンド活動をすることになったのである。
(続く)
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