2019年8月30日金曜日

ハブテン少年[その15]




『少年』は、翠町にあった済世愛児園という幼稚園の時代、自宅は宇品の長屋住まいで、まだテレビもなく、お向かいのトコトコさんの家で見『日本プロレス中継』と『ディズニーランド』を見せてもらう他は、日曜日の朝、近所中の子どもたちが、その中でテレビのある子どもの家に集まり、『月光仮面』や『アラーの使者』、『紅孔雀』等の子どもむけドラマを見せてもらうという、貧しい暮らしながら、ハブテン少年ではあったのだ(いや、当時は、まだ『幼児』と云うべきであったであろうが)。

だって、ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られるのだ。


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「ほいじゃったら、エヴァンジェリスト、お前、これじゃ」

と、エヴァンジェリスト少年が音楽室でムジカ先生に渡されたのは、ひらがなの『し』の字に似た金管楽器であった。放課後、ブラスバンド部員に紹介された後であった。

「サックスじゃ。アルト・サックスじゃ」

見たことがなくはない楽器であった。

「(ふううん。これがサックスかあ)」

エヴァンジェリスト少年は、手渡されたアルト・サックスをどう持っていいのか分からないまま両手で抱えた。



「あっちのが、テナー・サックスじゃ」

ムジカ先生は、すぐ近くで先輩らしき男子部員が吹いていた楽器を差して説明した。アルト・サックスに似ていたが、もっと大きい楽器であった。

「おい、ヒザマゲ。エヴァンジェリストに教えたれえ」
「はい」

ヒザマゲと呼ばれた先輩は、テナー・サックスを吹くのを止め、後輩に会釈した。

「よろしくお願いします」

エヴァンジェリスト少年は、ハブテン少年であるだけはなく、礼を知る少年であった。


(続く)


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