『少年』は、『広島カープ』の『長谷川良平』監督が、選手時代は大投手であったものの、監督としての成績は1965年は5位、1966年は4位と必ずしも芳しいものではなかったが(当時は、チーム力がなかった)、そんなことではハブテン少年ではあったのだ。
だって、ハブテルと、
「あんたあ、ハブテンさんな」
と母親に叱られるのだ。
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(ハブテン少年[その35]の続き)
「(広島弁じゃない!)」
『クッキー』子さんの誕生日パーティに招かれ、『クッキー』子さんのお母さん手作りの『クッキー』というお菓子を頬張りながら、エヴァンジェリスト少年は、今更ながら気付いたのだ。
「(『クッキー』子さんもお母さんも広島弁じゃないで)」
だから、『クッキー』子さんの言葉も『クッキー』子さんの母親の言葉も綺麗に聞こえたのだ。
「(ほうかあ…..)」
エヴァンジェリスト少年は、愕然とした。
「(広島弁は、汚いんじゃ)」
実際に広島弁が汚いかどうかは別として、その時、エヴァンジェリスト少年はそう思ったのだ。
「(嫌じゃ)」
『クッキー』子さんが、自分の『妻』として、自分に話しかける場面を想像したのだ。
「(あんたあ、ご飯できたけえねえ)」
と、『妻』が、食事の準備ができたことを告げるのだ。
「(ああ、嫌じゃ、嫌じゃ!)」
エヴァンジェリスト少年は、頭を振った。
(続く)
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