『少年』は、その年(1969年)、アポロ11号で人類初の月面着陸が為されたが、月にウサギがいる様子はなかったのに、宇宙飛行士が月面をピョンピョンと歩く姿が予想通りなのは、なんだか裏切りのような気がして、ハブテた。
ハブテルと、
「あんたあ、ハブテンさんな」
と母親に叱られると思ったが、ハブテた。
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(ハブテン少年[その149]の続き)
「疲れたあ…」
帰宅すると、エヴァンジェリスト少年は、居間のソファーに身を投げ出した。
「あんたあ、どしたんねえ?」
夜7時になっても帰宅しない末息子を心配していたハハ・エヴァンジェリストが、台所から出て来た。
「今まで何しよったん?」
「コーセイしていた」
「コーセイ?」
少年は、パンヤ先生に頼まれ、印刷所に行き、学校からのお便りの校正をして来た母親に事情を説明したが、母親は、納得しきれず、
「学校行って、訊いてくる」
と云って、持ち前の行動力で早速、翌日、学校に行ったが、
「あんたらが優秀じゃからじゃと」
と、エヴァンジェリスト少年が納得してしまったのと同じように納得させられてしまった。
確かに、エヴァンジェリスト少年だけではなく、ジャスティス君もスキヤキ君も成績のかなりいい生徒であった。その優秀な3人の生徒が、たまたまブラスバンドに入っていたのだ。
しかし、いくら優秀でも、そして、学校関係の手伝いをさせるにしても、親に連絡もせず、中学生を夜まで拘束していいことはなかったのだが。
「本当は、『フゾク』か『シュードー』に入っとんたんじゃけえねえ」
エヴァンジェリスト少年は、中学受験するはずだったのだ。皆実小学校での成績も良く、6年生の時には、成績優秀な子たち数名で、内緒で小学校の先生に私塾を開いてもらっていたのだ。そこでも、エヴァンジェリスト少年は、抜群の理解度を見せていたのだ。
「ごめんねえ……」
当時(1960年代)から超進学校であった『フゾク』(広島大学附属中学)でも『シュードー』(修道中学)にでも、『ガクイン』(広島学院中学)にでも合格するだろうと云われていたのだ。しかし、同じ年、長兄(オーキョーニーチャン)の大学受験もあり、更には、次兄(ヒモ君)は一足先に、私立で授業料が決して安くはない『シュードー』に入っており、家計的に苦しく、末息子に中学受験を断念させざるを得なかったのだ。
「別に構わないよ」
校正で疲れ、返事をするのも億劫であったこともあったが、エヴァンジェリスト少年は、『フゾク』でも『シュードー』でもなく、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)に入学したことに、本当に後悔はなかったのだ。
「(だって、『ミドリチュー』に入ったからこそ、『パルファン』子さんに会え、あの娘(『肉感的な』あの少女だ)にも会えたんだから)」
と2人の少女の姿を思い浮かべると、思わず、
「(んぐっ!)」
『元気』を取り戻した。酷いことに、『ミドリチュー』1年生の時に『妻』であった『クッキー』子さんのことはもう忘れていた。
「(特に、『シュードー』や『ガクイン』なんて、とんでもない)」
『シュードー』も『ガクイン』も、男子校なのだ。
「(ああ、『パルファン』子、ああ、あの娘……んぐっ!んぐっ!)」
ハハ・エヴァンジェリストは、突然、ソファーから身を起こした息子に、
「どしたん?」
身を引いた。
「お腹すいた」
(続く)
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