2020年1月28日火曜日

ハブテン少年[その163]




少年』は、その前年(1969年)に放映が始まったテレビ・アニメ『ムーミン』は、面白いギャグもないし、悪者をやっつけてスカっとすることもない、とハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「ボーン!」

居間のソファに座り、ため息を漏らし、俯いていたエヴァンジェリスト少年が、その音に顔を上げた。

「ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!」

子ども部屋の柱時計が5時を打った。



「(よし!)」

文庫本の『おバカさん』をテーブルに置き、腰を上げた。

「(そろそろかな?)」

応接間から、垣根と門越しに道路を見る。

「(まだか?いや、もう通ったのか?)」

帰宅する『パルファン』子さんの姿を待つが、彼女はなかなかそこを通らない。しかし、網膜には常時、『パルファン』子さんの像が映っている。

「んぐっ!」

そして、更に、そこを(自宅前を)通るはずがないであろうあの『肉感的な』少女の姿も、バレーをする太ももも露わなブルマ姿で、少年の股間の網膜には映っている。

「んぐっ!んぐっ!」

その時、遠藤周作の殺し屋『おバカさん』の『遠藤』の孤独も、フランソワ・モーリアックの『蝮の絡み合い』のルイの孤独も、そして、自らの孤独も、少年の脳裏からは消えていた。

いや、彼らの孤独は消えた訳ではない。消えるものではない。しかし……

「んぐっ!んぐっ!んぐっ!」

エヴァンジェリスト少年は、応接間の窓に鼻の頭を擦り付け、一心に垣根と門越しに道路を見ている。

「Monsieur Evangelist!」

テーブルに置かれた文庫本の表紙の『おバカさん』である『ガストン・ボナパルト』が、そう叫んだ。しかし……


(続く)



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