『少年』は、その年(1969年)、アポロ11号で人類初の月面着陸が為されたが、宇宙飛行士が月面に星条旗を立てたことに、ハブテた。
ハブテルと、
「あんたあ、ハブテンさんな」
と母親に叱られると思ったが、ハブテた。
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(ハブテン少年[その151]の続き)
「ああ……」
ブラスバンドの演奏が終った時、溜息をもらしたのは、『パルファン』子さんだけではなかったように見えた。エヴァンジェリスト少年の股間を捉えるあの『肉感的な』少女も、他の殆どの『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の女子生徒も、
「ああ……」
と、客席で腰を抜かしたような状態になっているように見えたが、程なく、
「バチバチバチバチバチバチ!」
ホール中に、拍手が鳴り響いた。1969年の『ミドリチュー』の文化祭、ブラスバンドの演奏であった。演奏された曲は、映画『マイ・フェア・レディ』のメドレーであった。
「うんうん」
ブラスバンドの顧問で、演奏の指揮もしたムジカ先生も満足そうに、エヴァンジェリスト少年を見た。
「お前、ホントに、うもうなったのお」
と、練習の時に、主旋律を任せるテナー・サックス担当のエヴァンジェリスト少年にそう云った通りの出来であった。
「(まあ、『マイ・フェア・レディ』の曲は何回も聞いていたからなあ)」
次兄のヒモ君が、英語好き、映画好きであり、『マイ・フェア・レディ』を観に行き、サントラ盤のレコードも買って、毎日、プレーヤーでかけていた。
「(曲を知っていたら、大丈夫だ。主旋律だし)」
1年生の時の「フィンランディア」も2年生の時の「新世界」も殆ど知らない曲であり、アルト・サックスは主旋律ではなかったので、曲のどこで吹き出していいのか分からないまま演奏していた。
「(どんなストーリーかも知っているし)」
エヴァンジェリスト少年は、映画『マイ・フェア・レディ』を観に行ってはいなかったが、ヒモ君からどんなストーリーであるかは聞いていた。レコードのジャケットに訳詞もあったので、曲(歌)の意味も理解できていたのだ。だから、感情移入もできたのだ。
「ああ……」
拍手はするものの、客席で放心状態になっているように見える女子生徒たちも、受け容れ易いメドレーであった。
映画『マイ・フェア・レディ』を観た女子生徒も多く、観ていない女子生徒も、殆どの曲が聞いたことがあるもので、彼女たちも感情移入し易く、また、エヴァンジェリスト少年のテナー・サックスが少女たちを酔わせたのだろう。
「(アタシはイライザ……『ボクのスリッパは、どこ?』と訊いて!)」
この文化祭での『マイ・フェア・レディ』の演奏を最後に、エヴァンジェリスト少年は、ブラスバンド(吹奏楽部)を引退した。
「明日から、お前、ブラスバンドに入れ」
と、『ミドリチュー』に入学早々、ムジカ先生に『命令』され、まだハブテルことを知らず入部し、3年間、好きでもないのに続けてきたブラスバンドであった。
『ミドリチュー』の吹奏楽部は、3年間、一度もブラスバンドの大会に出場することもなく、演奏するのはただただ、体育祭での賞状授与式の『得賞歌(見よ 勇者は帰る)』と文化祭だけであった。それだけの力しかなかったのであろう。マーチング・コンテストで金賞を獲る等の活躍をする、今の(2020年頃の)『ミドリチュー』のブラスバンド部員には信じられないことであろう。
「ほいじゃ、明日の放課後から音楽室に来い」
と、ムジカ先生に云われてしてきただけのクラブ活動だから、エヴァンジェリスト少年に、引退そのものには何の感慨もなかったが、ただ一つ、残念なことがあった。
「(ああ、もうプロレスができない……)」
正確には、ブラスバンドの練習をする音楽室の入口前のスペースで、ジャスティス君やスキヤキ君とプロレスごっこができないことを惜しんだ。いやいや、正直になろう。
「(ああ、もう『んぐっ!』できない……)」
そうだ。ブラスバンドの練習をする音楽室の入口前のスペースで、ジャスティス君やスキヤキ君とプロレスごっこをしながら(プロレスごっこをする振りをして)、そこにある窓の向こう、本校舎の教室に『パルファン』子さんとあの『肉感的な』少女の姿を見ることができなくなることを惜しんだのだ。
(続く)
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