2020年1月18日土曜日

ハブテン少年[その153]




『少年』は、その年(1969年)に放映が始まったテレビ・ドラマ『水戸黄門』主演が、気に入らず、ハブテた。

ハブテルと、

「あんたあ、ハブテンさんな」

と母親に叱られると思ったが、ハブテた。


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「(さっぱり、分らない…)」

エヴァンジェリスト少年は、自宅の居間のテーブルに、読みかけのその本を伏せた。

「(まあ、題名も面白そうではなかったし…..)」

と思いつつも、再び、本を手に取り、読書を続けた。少年が手にしている新潮文庫の題名は、『白い人・黄色い人』であり、その時、読んでいたのは、『白い人』であった。

「(でもまあ、厚くないし、読むかあ)」

作者は、遠藤周作という小説家であった。65歳になった今(2020年1月)、どうして、中学3年の時、遠藤周作の『白い人』を読むことにしたのか記憶はないが、何か小説を読もうと、書店で文庫棚の本を探していた時に、たまたま手にしたら、それが芥川賞を受賞した小説であったから、としか思えない。

「(石坂洋次郎とは全然違うなあ……)」

それはそうであろう。小説家は各々、作風は違うものだ。しかも、石坂洋次郎はどちらかといえば、大衆小説・中間小説の作家であり、遠藤周作の『白い人』は純文学の小説であるのだ。



しかし、少年はまだその時、知らなかった。石坂洋次郎と遠藤周作とは共に、慶應義塾大学の文学部出身という共通点があることは。そして、将来、そこに自分も深く関係することになろうとは。

「(全然、ドキドキしないし)」

『石坂洋次郎』は、少年の恋や性に対する興味を掻き立てた。

「(んぐっ!)」

『石坂洋次郎』は、小説とそれを原作にしたドラマ(または、映画)があり、二重に、少年の股間を

「(んぐっ!)」

させた。なのに、『遠藤周作』ったら、

「(頭が痛くなるなあ)」

としか思わせなかったのだ。


(続く)




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