2020年2月29日土曜日

うつり病に導かれ[その30]






「あら!?これえ…」

老看護婦オクマが、思わず呟いた。

「え!」

ドクトル・ヘイゾーは、項垂れていた頭を上げ、66歳の自分と年齢が余り変わらない、看護師というよりも看護婦といった方が似つかわしいオクマの方に振り向いた。

「いや!これは…なんでもない」

と診察室の机の上に置いたままとしていたiPadを慌てて取り、急いで画面を消した。

「(なに?!あれ…)」

老看護婦オクマは、iPadの画面に、ピンクの帽子というか、ハットと云った方がいいものを被り、黒いサングラスを付け、口の上と顎とに白髪混じりの髭面の男の画像を見たのだ。

「(ドクトルだったのかしら…?)」

老看護婦オクマは、最近耳にするようになった噂を思い出した。

「(ピンクの帽子に黒いサングラス、白髪混じりの髭…)」

噂を聞いた時には、その像が浮かんでこなかったが、今、iPadにその像を見たように思った。

「(『桃怪人』って云ったかしら….)」

その妙ちくりんな『怪人』は、女性が地面に腰を落とした時にパンツを見たらしい。




「(でも、あの髭って……)」

iPadの画面に見た『桃怪人』のような怪しげな男の髭は、今、眼の前にいるドクトルのそれに酷似していたのだ。

「(ドクトルが、『桃怪人』?そう云えば…)」

と、PCの画面に向って、電子カルテを開こうとしているドクトル・ヘイゾーの背中を見た。

「(なんとなく感じていたのよねえ、お尻を見られているような)」

老看護婦オクマのナース服は、肥満が進む体で、特にお尻の辺りがパンパンになっていた。



「(ドクトルったらあ……まあ、見たくなる気持ち、分からなくはないけど。むふん)」

と勝手に頬を染めていると、

「時間だね、オクマさん」

と、ドクトル・ヘイゾーが振り向いた。

「え!チカン!.....ああ、時間ですね、ドクトル」

午後の診察開始の時間だったのだ。老看護婦オクマは、患者を呼ぶ為、待合室側のドアに向った。


(続く)





2020年2月28日金曜日

うつり病に導かれ[その29]






「(パクったようなものだった…)」

高校生だった頃のドクトル・ヘイゾーが書いた小説『怪人ジバコ』のことである。

「(北杜夫の『怪盗ジバコ』が好きだった…)」

しかし、ドクトル・ヘイゾーがパクったのは、『怪盗ジバコ』という小説だけではなかった。

「(生き方もパクろうとしたんだ)」



云うまでもなく、北杜夫は小説家であるが、医者でもあった。

「(医者になるには、医大に入らなくちゃいけないけど、医大に入っても、医者になっても作家にはなれるんだ…そう、思った)」

かくしてドクトル・ヘイゾーは、医大に進学、医者となったが、北杜夫のように作家になることはなかった。作家になる夢は、遠い昔の夢となっていた。

「(なのに、あのクダラナイBlogが!)」

そう、たまたま眼にすることになったBlog『プロの旅人』が、ドクトル・ヘイゾーに、遠い昔の夢を思い起こさせたのだ。だが、

「(『怪人』だなんて!しかも、色々と変装というか、変身をするなんて!)」

更に、『怪人』にせよ、『桃怪人』にせよ、増殖するのだ。『怪鹿』や『怪女』まで登場するなんて、破茶滅茶だ。


「(まさか『エロ仙人』まで出してくるとは!)」

しかも、『エロ仙人』に整形までさせることに愕然とした。

「(…負けだ。オレの負けだ。奇想天外を超えた破茶滅茶さ、更にそれを超えたクダラナさ…)」

恥じることなくクダラナイことを書く『プロの旅人』に負けた、と思った。

「(クダラナイことも突き詰めると、世界に読者を得ることができるのか…)」

『プロの旅人』は、世界に読者がいるらしいのだ。なのに、『怪人ジバコ』などという、ただ北杜夫の『怪盗ジバコ』をパクったような小説しか書けなかった自分が情けなかった。

「(………)」

と、診察室の椅子に座り、ドクトル・ヘイゾーが項垂れていた時であった。


(続く)





2020年2月27日木曜日

うつり病に導かれ[その28]






「(クダラナイ画像だが、実は似ていた…)」

と、iPadで開いた『プロの旅人』というBlogを見ながら、ドクトル・ヘイゾーは、美少年だった自らの高校生時代を思い出した。

「(『怪人』という言葉も引っかかった…)」

同級生の誰も知らないことであったが、下校すると、自分の部屋に籠って文章を書いていた。

「(両親も兄たちも知らなかったはずだ)」

書いていたのは、小説であった。

「(医者になんかなるつもりはなかったんだ)」

父親は開業医だった。急病の人がいると夜中でも出掛けていく父親を見て、医者の大変さは知っていた。


「(兄は二人とも医大に通っていたし)」

両親からも医者になることは期待されていなかった。

「(北杜夫が好きだった)」

Blog『プロの旅人』の登場人物エヴァンジェリスト少年が、遠藤周作の影響を強く受けたことに、妙な親近感を覚えたのはそのこともあるだろう。周知の通り、北杜夫と遠藤周作とは親しかったのだ。

「(書いた小説の題名は、『怪人ジバコ』だった)」


(続く)



2020年2月26日水曜日

うつり病に導かれ[その27]






「(『桃怪人』かあ…)」

と呟くと、ドクトル・ヘイゾーは、iPadを診察室の机に置いた。

「(くだらんBlogだ)」

机に置かれたiPadの画面には、『そう、アレは『桃怪人』よ」….【ビエール・トンミー氏の優雅な老後】』というタイトルがつけられた文章があった。




「(何なんだ、この男は!如何にも『変態』じゃないか!)」

その文章の途中に妙な画像があった。ピンクの帽子というか、ハットと云った方がいいものを被り、黒いサングラスを付け、口の上と顎とに白髪混じりの髭がある。



「(だが……どこか、オレに似ている。オレも実は『変態』だし)」

しかし、その『桃怪人』のBlogには、その前身とも云うべき『怪人』まで登場しているのだ。そして、『怪人2号』とか『桃怪人2号』、更には、『怪鹿』、『怪女』まで登場する。もう滅茶苦茶だ。

「(『怪人(1号)』と『桃怪人(1号)』が同一人物なのは明らかだ。ビエール・トンミーとかいう男だろう。しかも、その男は、『エロ仙人』なるものにまでなるのだ)」

とは思うものの、どこか惹かれるところがあるBlogだった。


「(何故、こんなくだらないとしか云いようがないBlogを毎日、チェックするようになったんだろう?)」

そうだ。ドクトル・ヘイゾーは、『プロの旅人』という小説のような、駄文のような、BlogでないようなBlogを、毎日、開いてしまっているのだ。

「(あんな検索さえしなけりゃな)」

或る日、ドクトル・ヘイゾーは、テレビ番組で、讃岐うどんは食べるのではなく、飲むものだ、と云っているのを見て、ネットで『讃岐うどん 飲む』と検索してしまったのだ。すると、

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讃岐うどんは、飲む! - プロの旅人

2011/07/04 - エヴァンジェリスト氏が、神の使いとも思えぬ妄言を吐く「人間」であることは知っていたが、お下劣でもあるとは知らなかった。 「讃岐うどんは、飲むんですよ」. 久しぶりに訪れた高松で、一緒に出張したローラク・クイーン13世に云った氏のその ...

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というなんとも珍妙な表示の検索結果もあり、ついつい、それをクリックしてしまったのだ。


すると、そこには、

『うどんを飲むってねえ、食欲を満たすって云うよりも、肉体的な快感を覚えさせるんですよ』

とか

『喉が欲しがるんですよ。喉が』

といった巫山戯た、いや、お下劣なことが書かれていたのだ。

「なんじゃこりゃ!」

と思いつつも、『プロの旅人』の他の回も見てしまったのだ。


(続く)



2020年2月25日火曜日

うつり病に導かれ[その26]






「じゃ、薬飲んでね。水、置いておくからね」

と、妻が部屋を出ると、ビエール・トンミー氏は、『メディシン・アニータ薬局』でもらった薬を手にした。

「(先ずは、葛根湯か)」

『1』と書かれた『ツムラ葛根湯エキス顆粒A』の封を切り、コップに入った水を口に含むと、顆粒を喉に流し込んだ。

「カゼニハ、『カッーコントー』ネエ。ウフン」

と云った『メディシン・アニータ薬局』のアニータの言葉を思い出すと、股間も、アニータの『リビドー・ロゼ』の香りを思い出した。

「(んぐっ!)」

そして、『アスベリン』、『ザイザル』、『カロナール』も飲むと、体をベッドに横たえ、iPhoneを手にすると、あることを思い出した。

「(あ、アイツに連絡しておかないと)」

と、iMessageを打ち出した。

「明日の『会合』ちょっと延期してくれないか?」

翌日、友人のエヴァンジェリスト氏と会うことになっていたのだ。『会合』と云っても、ビアレストランで、老人同士、クダラナイ会話をするだけのものだ。

「今、熱が39度ある」

『ギャランドゥ・クリニック』から帰った後、熱は上っていた。

「熱カカー、咳ゲホゲホ、鼻水ビービャラ、頭痛ヅンヅンで大変なんだ」





と打つと、暇な友人は、即、返信してきた。

「おお、それは大変だあ!ああ、延期しよう。インフルエンザか?」
「いや、インフルエンザは陰性だった。インフルエンザなら特効薬あるのだが、風邪には特効薬はなくすべて対症療法の薬だ。なかには葛根湯もある」

と、葛根湯のこと触れると、またもや

「カゼニハ、『カッーコントー』ネエ。ウフン」

とのアニータの言葉を思い出し、股間も、アニータの『リビドー・ロゼ』の香りを思い出した。

「(んぐっ!)」

すると、それを見透かしたかのように、友人からのiMessageが来た。

「大丈夫か?いやいや、こんなiMessage読まずとも良い。ゆっくり休まれよ。間違っても、病の床でアンナ画像なんて見てはいけないぞ」

アンナ画像は見ていなかったが、自らの瞼に、白衣のアニータの赤い唇、彼女の白衣の間の胸元、カウンターに乗せた胸の画像が、浮かんでいた。


(続く)




2020年2月24日月曜日

うつり病に導かれ[その25]






「オーヴンって知ってる?」

友人が妙なことを訊いて来た。広島市の翠町公園(今は、翠町第二公園というらしいが)の東側の道を北上し、突き当りの角を左折し、次の道角を今度は右折した道路の突き当たりまで来ていた。

「知ってるけど」

ビエール・トンミー氏は、友人の質問の意図をはかりかねがら答えた。

「ビスケットとクッキーの違いは知ってる?」

友人のエヴァンジェリスト氏は、また妙なことを訊く。

「誕生日パーティーに呼ばれたんだ、『クッキー』子さんの」




道路の突き当たりには、煉瓦造りの古い建物があり、その前にドブ川があった。友人から、小学5年生の時に好きだった女の子、小学6年生の時に好きだった女の子に続けて、今度は、彼が中学1年の時に好きだった『クッキー』子さんのことを聞かされながら、突き当たりを左折し、ドブ川に沿って歩きながら、

「ふうん、そうなんだ」

と、ちゃんと返事はしたのは、エヴァンジェリスト少年が唯一人の友人であったからだ。

「(そうだ。今もそうだが、ボクには友人は殆どいない。アイツだけが友人だ。だから、毎日、牛田からわざわざ青バス(広電バス)に乗って、中国自動車学校前まで行き、翠町中学の東側の道を北上し、翠町のアイツのウチまで行き、一緒に皆実高校まで通学するようにしたのだ、あの頃は…….ん?)」

目を閉じたまま、ビエール・トンミー氏は、首を捻った。

「アータ、うどんよ」

と、名前を呼ばれ、重い瞼を上げたビエール・トンミー氏は、自分が自分の部屋のベッドに寝ていることを思い出した。

「ああ…」

と弱った声で返事し、ふらつきの残る上半身を起き上がらせた。妻が、うどんを作って持って来てくれていたのだ。

「じゃ、アーンして」

ベッド・サイドに腰を落とした妻が、箸でうどんを掬い、食べさせてくれる。





「アーン」

新婚の頃は、病気でなくとも、こうして『アーンして』をしたことを思い出す。

「(んぐっ!)」

それも、口移しであった。

「うーん、もう!何を思い出してるの!」

と、妻は、夫の布団を叩く。

「うっ!」

股間を叩かれ、呻いた。

「口移しだと、風邪、伝染っちゃうでしょ」

と、頬を染めがら、また、箸でうどんを掬う。

「はーい、また、アーンして」

しかし、頭痛が酷く、熱も下っておらず、うどんは3-4本しか啜れなかった。


(続く)



2020年2月23日日曜日

うつり病に導かれ[その24]






「(んぐっ!)」

高熱でふらつく体ながら、ビエール・トンミー氏が、思わず『反応』してしまったのは、『メディシン・アニータ薬局』のアニータにウインクされたからだけではなかった。

「(んぐっ!んぐっ!)」

カウンターに座った時から感じていた何かの強烈な香りが、ウインクが起こした風に乗ったかのように、さらに強く顔の吹き付けてきたようであったのだ。

「ウフン。『リビドー・ロゼ』ネ。フェロモン・コースイ。ウフン』

訊いてもいないのに、他人の心も股間をも読んだかのように説明してくる。


「(え…フェロモン!んぐっ!)」

詰まっている鼻でも感じ、慌てて両手で股間を抑える。

「シハライ、ドースル?」

その質問でようやく自分を取り戻し、答えようとしたところ、

「エヴァPay、オッケーヨ」

と、またもや他人の心読んだかのような言葉を発する。

「あ…では」

とiPhoneを取り出し、エヴァPayのQRコードを見せた。その為、手が股間から離れた。

「アー!ウーン!ダイジョウブウネエ。ゲンキ-ネエ」

アニータは、カウンター越しにソレを確認し、また、ウインクする。

「え!いや…んぐっ!

iPhoneを持った手を股間に当てる。

「ハーイ、クスリ、フクロイレタネ」

と薬の入った袋を手渡してきた。

「あ…はい…」

片手を股間から離さず、薬を受け取る。

「ジャネエー。『カッーコントー』ノムヨオ。カゼニワ、『カッーコントー』ネエ。ウフン」

立ち上がったビエール・トンミー氏は、体の前を隠すかのように前傾姿勢でカウンターを離れ、そのまま『メディシン・アニータ薬局』を出た。


(続く)



2020年2月22日土曜日

うつり病に導かれ[その23]






「(な、なんだ?)」

何かの強烈な香りに、ビエール・トンミー氏は、熱の為、元々揺らついていた体を更に、揺らせ、倒れそうになった。

「アナタア、ダイジョーブウ?」

たどたどしい日本語だ。

「うっ、ぷっ…ぷう!」

と、息を吐き出し、前方に無を向けた。

「ネツ、アルネ?」

何かの強烈な香りと共に、赤い唇が、向ってきていた。



「ええ!」

怯んで、身を椅子の背に倒した。

「モー、ダイジョーブウ、ヨオ」
「え?」

赤い唇の主は、両肘をカウンターにつき、身を乗り出してきていた。何かの強烈な香りに襲われる。

「クスリ、アルヨオ」

と更に、顔を近づけてきた時、カウンターに乗っているのは、肘だけではなく、胸も、とてつもなく大きな胸も乗っていることに気付いた。

「(んぐっ!)」

白衣の胸元が開き、谷間が深淵を見せていた。

「(んぐっ!んぐっ!)」

と、股間を抑えた為、前傾姿勢となり、より赤い唇が間近に迫った。何かの強烈な香りも更に迫る。

「(んぐっ!んぐっ!んぐっ!)」
「オー!グアイ、ワルソネエエ」
「(んぐっ!んぐっ!んぐっ!)」
「デモオ、ダイジョーブヨオ。クスリ、アルカラネエ」

と、カウンターに処方された薬を並べ始めた。白衣に付けられたネーム・プレートには、『アニータ』とあった。ようやく、赤い唇の主の顔も認識できるようになった。

「サイショ、『カッーコントー』、ネエ。カゼニハ、『カッーコントー』、シッテルデショ?」

顔は、そして、ボリュームのある体型も南米系のように見えた。日本語がたどたどしいのは、そのせいか、と納得したが、

「ソレカラア、『アスベリン』、ネエ。セキ、オサエルネエ」

よく日本の薬剤師の資格を取得できたものだ、と思った。

「デネエ、『ザイザル』。コレ、ハナニキクネエ」

しかも、『メディシン・アニータ薬局』ということは、経営者なのか、と、何かの強烈な香りに圧倒されながらも、感心した。

「サイゴネエ、『カロナール』、ヨオ。ネツとズツウ、カローナールネエ」

と、ダジャレを飛ばして、ウインクしてきた。


(続く)




2020年2月21日金曜日

うつり病に導かれ[その22]






「…ああ…『エヴァPay』、使えますか?」

熱に浮かされながらも、ビエール・トンミー氏は、『ギャランドゥ・クリニック』の受付で、スマフォ決済を口にした。昨年(2019年)10月以来、ポイント集めに必死となっているのだ。

「は?『エヴァPay』?なんですか。それ?使えません」



と、あっさりと否定され、現金で支払を済ませ、処方箋を手に、ふらつきながら『ギャランドゥ・クリニック』を出た。

「(ここか…)」

薬局は、『ギャランドゥ・クリニック』と同じ医療ビルの中にあった。

「(アニータ?変った名前だ。でも、どこかで聞いたことがあるような…)」

『メディシン・アニータ薬局』が、その薬局の名前であった。

「少々お待ち下さい」

受付に処方箋を渡し、椅子に座り、眼を閉じ、待つ。

……と、

「6年になるとねえ、『トウキョウ』子さんが」

再び、友人のエヴァンジェリスト少年の声が聞こえてきた。

「『東京』の『川崎』から転校してきたんだ」




広島市の翠町公園(今は、翠町第二公園というらしいが)の側を通りながら、友人から、彼が小学5年生の時に好きだった『帰国子女』子ちゃんのことを聞かされながら、翠町公園の東側の道を北上し、突き当りの角を左折し、次の道角を今度は右折していた。

『トウキョウ』子さんのウチは、皆実小学校に近いところだったから、あっちの方だんだ」

と、友人は、西北方向の皆実町方面を指差し、今度は、彼が小学6年生の時に好きだった子のことを話し始めた。勿論、これも興味の話であったが、

「ふうん、そうなんだ」

と、ちゃんと返事はしたのは、エヴァンジェリスト少年が唯一人の友人であったからだ。

「(そうだ。今もそうだが、ボクには友人は殆どいない。アイツだけが友人だ。だから、毎日、牛田からわざわざ青バス(広電バス)に乗って、中国自動車学校前まで行き、翠町中学の東側の道を北上し、翠町のアイツのウチまで行き、一緒に皆実高校まで通学するようにしたのだ、あの頃は…….ん?)」

目を閉じたまま、ビエール・トンミー氏は、首を捻った。

「トンミー・サアン!」

と、名前を呼ばれ、重い瞼を上げたビエール・トンミー氏は、自分が薬局にいることを思い出した。

「はい…」

と弱った声で返事し、ふらつきの残る体を起き上がらせ、腰高の白いパーティションで仕切られたカウンターの一つに向った。

「うぷっ!」

眼も虚ろなままカウンターの椅子に座ったビエール・トンミー氏は、思わず噎せた。


(続く)