(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その28]の続き)
「おい!フランス文学修士、君は、壁の文字が読めないのか!?『LON CAFE』だ。日本初の『French Toast』の専門店だ」
ビエール・トンミー氏は、江ノ島の『サムエル・コッキング苑』にあるウッディでお洒落な建物を『小屋』と云った友人に苛立ちを隠せなかった。
「おお、French Toastか、いいなあ。French Toastは、好物なんだ。食べていくか?」
エヴァンジェリスト氏は、素直な気持ちをそのまま口にし、ビエール・トンミー氏は、その素直な言葉に更に苛立った。
「なにい!?」
『みさを』と『LON CAFE』に入ったのだ。
「いや、やめておくか。まだ、昼には早いし、おやつするにしても、そんなにお腹は空いてない」
エヴァンジェリスト氏は、小屋と思った建物が実はお洒落な店であり、そんなお洒落た店の食べ物は、きっと高価であろうと、直ぐに思い至ったのだ。給料手取り8万円の再雇用者としては、お金は、できるだけ使いたくない。
「じゃ、行くぞ」
とは云ったものの、ビエール・トンミー氏の頭の中には、『LON CAFE』の席に向い合って座った『みさを』との会話が、蘇ってきていた。
「French Toastはねえ、実はフランス発祥ではないんだよ」
「ええー!そうなの?」
「まあ、French Toastのような食べ物は、ヨーロッパでかなり昔からあったみたいなんだけど、それをフレンチ・トーストって云うようになったのは、ニューヨークの酒屋のフレンチさんが命名したから、っていう説があるんだ」
「ひゃー!フランスだからフレンチじゃなくて、フレンチさんだからフレンチなの?!」
「だから、フランスでは、French Toastを『French Toast』とは云わないのさ。『パン・ペルデュ』って云うんだ」
「ええ?『パン・ペル…』?」
「『パン・ペルデュ』だよ。『失われたパン』っていう意味さ。つまりね。もう固くなってそのままでは食べられるなくなったパンを、つまり、ダメになった、『失われた』パンを牛乳や卵につけて柔らかくして食べられるようにする、っていうことさ」
「ビーちゃんって、フランス語も分るんだ。本当に凄いね。……でも…」
『みさを』は、目を伏せた。
(続く)
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