2020年6月21日日曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その42]






多目的トイレ?何のことを云っているのか、分らん」

江ノ島の『シーキャンドル』の展望デッキで、エヴァンジェリスト氏から、身に覚えのあるようなないようなCAとの『出来事』に言及され、動揺していたビエール・トンミー氏であったが、『高層ビルの多目的トイレでイレたのか?』という友人の妙な推測に、なんとか平静さを取り戻した。

「君は、昔からそうだが、時々、いや、しょっちゅう訳の分からぬことを云うなあ。それにしても、君は、Macユーザーなのに、『いきなりPDF』のことを知っているのか?」
「勿論、ボクは使ったことはないが、同僚たちが、PDFの加工で苦しんでいたからな。ボクは、Macに標準装備のプレビューで加工できるから、『いきなりPDF』をインストールしていない同僚たちに頼まれてPDFのマージなんかもしてやっている」
「君は、IT関係も詳しい、妙なフランス文学修士だなあ」
「先月も、お客様に納品するシステムのデュアル・ディスプレイ対応で、ハードウエア・ベンダーと十分に調整されていなかったから、その担当でもなかったボクが、調整をする羽目になったんだ」




「そんなの技術者のする仕事ではないのか?君は、営業だろう?」
「ああ、技術担当か、ハードウエア・ベンダーとの窓口になっている営業のする仕事だ。彼らが、基本となるシステム構成をベンダーと調整して標準構成を作るものだ。でも、その標準構成がちゃんとできていなかったんだ。それじゃ、ボクが担当するお客様への納品に支障が出るし、他の誰もきちんとした調整をしないから、ボクがしないと仕方がないじゃないか!」
「まあ、ここで、怒るなよ」
「それだけじゃない。Ethernetのケーブルの本数だって間違っていたんだ。先月中に受注しないといけないのに、そのことが判ったのが、先月の24日の日曜日だ。その日の内に急いで正式見積を修正して、翌週、なんとかお客様に提示して、仮発注をしてもらったが、もうヘトヘトだ」

エヴァンジェリスト氏は、江ノ島の『シーキャンドル』の展望デッキに凭れ、両腕を垂らした。

「おい!君は、やっぱり『病人』だ。日曜日に仕事をするな!構成の間違いは、担当に直させればいいんだ」
「それでは、受注できないじゃないか!」
「そんなこと、どうでもいいだろう。いいか、君は、もう60歳を超えた再雇用者だ。給料は月8万円なんだろ?」
「いや、だって、放っておくと、お客様に迷惑がかかる」
「いい加減にしろ!」

ビエール・トンミー氏の剣幕に、展望デッキにいた70歳代と思しき夫婦が、揃って驚き、振り向いた。友人と思しき男を真剣に、しかし、どこか愛情を込めて叱りつける男が、夜な夜なPCでエロ画像を見ては、涎を垂らしているとは想像できなかったであろう。


(続く)



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