(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その38]の続き)
「子どもの頃、ボクが夏休みに海水浴に行っていたのは、広島の『えのしま』だ」
江ノ島の『シーキャンドル』の展望フロアで、エヴァンジェリスト氏が、想定外のことを云い出し、ビエール・トンミー氏は、
「広島にも江ノ島があるのか?」
と、口を開けたままにした。
「『江ノ島』ではなく『絵の島』だけどな。小さな無人島で、U字型の島だから湾になっているところがあってな、そこが海水浴場だった。『絵の島』に行くのは楽しみだった」
「君は泳ぎが好きではなかったんじゃないのか?」
「ああ、泳ぎは好きではなかったが、非日常は好きだったし、お菓子が食べられるのが嬉しかったんだ。貧乏だったから、お菓子は、遠足や海水浴の時でもなければ、買って食べることができなかったんだ」
「ふん!本当のところは、女の水着姿を見ては『んぐっ!』していたんだろうが」
と、いつもの罵り合いをしながらも、ビエール・トンミー氏の耳には、
「おいおい、『絵の島』に行っていた頃のボクは小学生だったんだぞ。早熟だった君とは違う。君は、宇部の琴芝小学校の頃から変態だったそうじゃないか」
というエヴァンジェリスト氏の言葉が、入って来なくなっていた。
「(そう云えば、ボクは、『みさを』の水着姿を見たことがなかった…)」
と、展望台の外に虚ろな視線を送った。
「(しかし、あの男は…)」
と、怒りに歯を食いしばった時、エヴァンジェリスト氏が、声を掛けた。
「ここからか?」
そこには、『屋外展望フロアー入口』と書かれたドアがあった。
「ああ…」
力無い返事をし、ビエール・トンミー氏は、何も知らぬ友人と共に、そのドアを開け、階段を登り、展望デッキに出た。
(続く)
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