(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その49]の続き)
「主力商品の販売を停止すべきだと主張したんだ、ボクは」
『シーキャンドル』を出て、江ノ島という山から降りながら、エヴァンジェリスト氏は、ビーエル・トンミー氏に強い口調で説明していた。
「もうしばらく新しいバージョンを出していないんだ。買替時期が来たお客様から、『オタクのものを使い続けたいけど、新しいバージョンがないと、使い続けようがないじゃないですか』と云われた」
ビーエル・トンミー氏は、聞いているのか、聞いていないのか、いや、何かを思い出しているのか、いないのか、足許に目を遣り、黙々と歩を進めていた。
「お客様の云う通りだが、そんなこと云われなくても、新しいバージョンを出さないとダメだ、とボクはもう何年も前から社内で云っていたんだ。それなのに、新しいバージョンを出していないことを、そのボクがお客様から責められるんだ!」
エヴァンジェリスト氏は、自分が唾を飛ばしていることにも気付いていない。
「そんな状況だったら、この際、思い切って、主力商品の販売を一旦、停止するくらいの方が…」
と、友人の口から飛んだ唾が自分の靴に付いたのを見たビーエル・トンミー氏が、顔を上げた。
「いい加減にしろ!仕事のことは忘れろ、と云っているだろ。君は、本当に病んでいるなあ」
友人に叱られたエヴァンジェリスト氏は、口を閉じ、項垂れた。
「お昼を食べに行くぞ。いいな?」
と、ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏に意向を訊く、というよりも宣言をした。
「橋を渡ったところにある店に行くぞ。美味しいものを食べて、仕事のことは忘れるんだ」
江ノ島大橋を前にして、友人思いの言葉を吐いたビエール・トンミー氏は、自らの嘘を恥じた。
「(『みさを』…)」
決して、『仕事依存症』に病む友人のことを心配したのではなく、あの時と同じ店に行きたいだけであることを知っていたのだ。
(続く)
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