2020年6月22日月曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その43]






「そんなことだから、君は『病人』になったんだ!」

ビエール・トンミー氏は、江ノ島の『シーキャンドル』の展望デッキで、友人のエヴァンジェリスト氏を強く叱責した。

「君は、まさに『仕事依存症』だ。産業医の見立て通りだ」

エヴァンジェリスト氏は、教師に叱られる生徒のように、友人の前に立ち、項垂れていたが、

「PDFファイルを開こうとしていたんだ…」

と呟き始めた。

「PDF?」
「ああ、朝、通勤で乗った中央線で、つり革につかまっていた」
「まさか、立ったまま、パソコンを使っていたのか?」
「いや、パソコンは持っていなかった」
「iPhoneか?」
「iPhoneは、ワイシャツの胸ポケットに入れていた」
「じゃ、PDFファイルはどこにあったんだ?」
「どこにもない」
「は?」
「あったとしたら、頭の中だ。目を閉じ、頭の中でPDFファイルを開こうとしていたんだ」
「はああ!?頭の中で仕事をしていたのか?」
「ああ、そうだと思う。困ったことに、それでは、仕事をしたつもりが、仕事ができていない」
「何を云っているんだ!おかしいぞ」
「ああ、自分でも何かおかしいと思った。でも、その時、電車が、四ツ谷に着いた」
「丸ノ内線に乗り換えるんだな?」
「電車が止ったので、PDFファイルを開くことは止めて、電車を降りた」
「おお、君は、『病人』も『病人』、『大病人』だ」
「ああ、ボクは、『病人』だあ!」

と云うと、俯いていた顔を上げぬまま、眼だけを上げ、友人を睨んだ。




「おお、いいぞ、いいぞ。それだ!それでこそ、『病人』だ!」

それまで友人を叱っていたビエール・トンミー氏が、満足げに、頬に笑みを浮かべた。


(続く)



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