(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その48]の続き)
「…ああ…さっきまでここに夫婦がいただろう。ご主人が、殿様キングスの歌を歌っている男に似ていたんだ」
と、ビーエル・トンミー氏は、友人のエヴァンジェリスト氏に、口から出まかせの説明をした。嘘に嘘を重ねた。江ノ島の『シーキャンドル』の展望デッキである。二人連れの女性に写真を撮ることを求められたことから、『みさを』とのことを思い出し、『みさを』という名前を思わず口から出したのを、殿様キングスの歌だったと誤魔化したのだ。
「ああ、そうなの。さっきの年配の夫婦だね。ご主人、宮路オサムに似ていたっけ?」
芸能界通のエヴァンジェリスト氏は、ビーエル・トンミー氏とは違い、『殿様キングスの歌を歌っている男』が、『宮路オサム』であることを知っていた。
「うーん、君はねえ、ここに来てもまだ仕事のことを考えているだろう。だから、周りがよく見えていないんだ」
ビーエル・トンミー氏は、額に滲んだ汗を拭いながら、逆襲した。
「(ふう…なんとかかわした。エヴァの奴は、『みさを』のことを知らないし、知って欲しくはない)」
エヴァンジェリスト氏は、項垂れた。
「何度も云うが、君は、給料8万円の再雇用者だ。仕事なんて、中身のことを考えう必要はない。ただ粛々と処理していけばいいんだ。上手くいかなくったって、君がきにすることではない!」
「いや、だってえ…」
「考えるな、考えるな。いいから、次に行くぞ」
と云うと、ビエール・トンミー氏は、友人を促して展望デッキの出口に向った。しかし、
「君はいいなあ。呑気に演歌なんか歌っていられていて」
という友人の言葉に、『マモリートーシタ、オンナーノミサオ』という歌声が頭の中に聞こえてきた。
「(ううーっ……『みさを』をアイツは…)」
大学時代の友人、と云うよりもただの仲間の男の顔が浮かんできた。
「店に行ったらさあ、彼女が来たからびっくりしたぜ」
仲間の男は、そう云うと、思い出し舌なめずりをしたのだった。
(続く)
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