2020年7月31日金曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その73]






「坐禅はせん」

江ノ電『長谷』駅を出て北上する歩道で立ち止ったエヴァンジェリスト氏は、坐禅を勧めるビエール・トンミー氏に、きっぱりとそう云った。

「いいか、君は、病気だ。『仕事依存症』だ。『仕事依存症』は、立派な病気なんだ。だが、ただ薬を飲めば治る病ではないんだ」

ビエール・トンミー氏は、医者ではなかったが、その言葉に躊躇はなかった。

「心を空にするんだ。仕事のことを忘れる、というよりも、心から仕事を消すんだ。仕事のことも他のことも総て消すんだ」

病の友人に坐禅を勧めるビエール・トンミー氏は、僧侶ではなく、坐禅を知っている訳でもなかったが、その言葉に躊躇はなかった。

「嫌だ。坐禅はせん!」
「坐禅したことないだろ?」
「いや、ある」
「えっ、そうなのか?」
「昔、そう35-6歳の頃だったか、元宇品で坐禅を組んだことがある」




「元宇品って、広島の宇品か?」
「ああ、宇品に橋でつながっている小さな島だ。まあ、そのつながっている感じで云うと、広島の江ノ島みたいなところだ」
「ボクは行ったことがないなあ」
「その元宇品の観音寺で坐禅を組んだことがあるんだ」
「ふーん、若い頃には、少しは信仰心のような清い心を持っていたのか」
「そんなものは持ち合わせん。カトリック作家のフランソワ・モーリアック(François MAURIAC)が好きで研究をしたが、別にカトリックでもないしな」
「じゃあ、どうして元宇品で坐禅をしたんだ?」
「ドイツ人のせいだ」
「はああ?」


(続く)

2020年7月30日木曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その72]






「君は、鎌倉をバカにしているのかっ!?」

江ノ電『長谷』駅を出て北上する歩道で、ビエール・トンミー氏が、唾を飛ばしながら、エヴァンジェリスト氏を叱った。

「いや、だって長谷寺って、紫陽花で有名じゃなかったかなあ」

62歳の爺さんだが幼子のように口を尖らせ、エヴァンジェリスト氏が反論した。

「確かに、長谷寺は紫陽花も有名だが、他にも色々な花が一年を通して見事に咲くから、『花の寺』と呼ばれているんだ」
「でもお…『あじさい寺』って鎌倉にあるんじゃなかったかなあ」

まだ口を尖らせている。それを楽しんでいるようにも見える。

「『あじさい寺』は、日本各地にあるらしいが、勿論、鎌倉にもある。だが、長谷寺ではない!『メイゲツイン(明月院)』だ。北鎌倉にある」
「ああ、北鎌倉ねえ」

如何にも『北鎌倉』には詳しいという口調であるが、眼は嘘をつけないでいる。

「『円窓』だ。『円窓』で有名だ。『明月院』の本堂の奥にある『円窓』は、君だって見たことがあるだろう」
「あー、ああー。あれかあ。昔、Macの壁紙に使っていたことがある」




「あの『円窓』はなあ、『悟りの窓』というんだ。そうだ、君も、どこかの禅寺で坐禅でもして悟りを開いたらどうだ」
「うーむう」
「おや、どうした?」
「産業医にも云われた。坐禅でも組めばいい、とな」
「おお、そうだろう、そうだろう。産業医は、やはり分ってるな。….ん?どうした?」

エヴァンジェリスト氏は、分り易くも、口を『へ』の字にしていたのだ。


(続く)


2020年7月29日水曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その71]






「次で降りるんだ」

と、ビエール・トンミー氏が、エヴァンジェリスト氏にそう云ったのは、江ノ島電鉄の『長谷』駅の手前のところであった。

「(本当はまだ降りたくないが…)」

ビエール・トンミー氏は、友人の方に向き、話す振りをしながら、眼の端で前方の美脚を追っていた。

「(んぐっ!んぐっ!んぐっ!)」

美脚が、脚を組み直したのだ。

「おい、どうした?着いたぞ」

エヴァンジェリスト氏にそう云われ、電車が『長谷』駅に着いたことを知り、ビエール・トンミー氏は、背中に眼を付けたかのように、名残惜しさを醸し出しながら、電車を降りた。

「(んぐっ!)」

ホームを歩きながら、電車の中に視線を送ると、美脚の女に凝視め返され、股間が思わず、『反応』した。

「具合でも悪くなったか?」

と云いながらも、エヴァンジェリスト氏は、友人の股間に視線を落としていた。

「いや、なんでもない」
「そうかあ?ふふ、まあいいか。ここが『長谷』駅ということは、長谷寺がここにあるのか?」
「ああ」

気のない返事をしたビエール・トンミー氏は、駅を出ると、無言で北上する道に進んだ。

「長谷寺って『あじさい寺』だよな?」

病人とは思えぬ無邪気なトーンの声でエヴァンジェリスト氏が、質問した。

「はああ!?」

狭い歩道の先を行くビエール・トンミー氏が、ヤクザチックな顔で振り向いた。





(続く)



2020年7月28日火曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その70]






「だが、ボクが首のヘルニアで入院している間に、専務は勝手に2月1日付で辞令を出し、ボクを部長にした」

ビエール・トンミー氏が江ノ電の向いの席に座った女性の脚に眼を盗られていることも知らず、エヴァンジェリスト氏は、会社に対する不満を、続けてまくし立てた。

「3週間して退院したが、まだ痛みが残り、通院をし、まだ完全恢復しない内に、そうだ、退院して10日程で、4月からの新組織発表があり、部長は取締役が兼務となり、ボクは部長から外れることになった。云うならば、『十日天下』だ」




エヴァンジェリスト氏は、自嘲的に言葉を吐いた。

「まあ、望んだ訳でもない『天下』だから、それをう失うこと自体は、構わなかったが、問題は給料だ。ボクの年収は、200万円下がったんだ。専務は『赤字の責任はお前には負わせない』と云っていたが、ウチの会社は変な会社で、期末に責任者でいた者が、その期の業績の責任を負わせられるのだ。こちらからすると、部長になるべき者を部長にすると赤字になると予言し、それを的中させたくらいなんだから、むしろ評価を上げてもらいたいくらいだったのにな」

ビエール・トンミー氏は、

「ああ、ああ」

と友人の説明を聞く振りをしながら、こっそりと前方の美脚に眼を遣っていた。

「(んぐっ!んぐっ!)」

「しかもだ。社長が、4月からの新組織で、50歳以上の人間を殆ど役職から外すことにしたもんだから、ボクは部長でもなくなり、室長でもなくなった訳だ。その結果が、年収200万円のダウンだったんだ」

そこまで説明し、エヴァンジェリスト氏は、ふーっと息を吐いた。その時、

「おい、降りるぞ」

隣に座っていたビエール・トンミー氏が、声を掛けて来た。


(続く)


2020年7月27日月曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その69]






「ボクは何度も警告したんだ」

江ノ電の中で座り、項垂れたまま、エヴァンジェリスト氏は、ボツボツとながらも強い口調で語り出した。

「そもそもの間違いは、ミスター・シューベルトを外したことだ」

ミスター・シューベルトは、エヴァンジェリスト氏の先輩であった。商品開発の天才だ、とビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏から聞いたことがあった。『出張』というビエール・トンミー氏の言葉に、エヴァンジェリスト氏は、仕事を思い出したのだ。

「ボクの部署は、最盛期には、半期決算時点で会社の利益の半分を出したこともあった。通期では、利益は1/3から1/4くらいにはなったが、稼ぎ頭の部署だった。市場環境に依るところもあったが、ミスター・シューベルトが開発した商品が大ヒットしたからだ」

ビエール・トンミー氏は、つまらなそうだった。幾度か聞いたことがある話だったのだ。

「だが、ボクの部署が20年も商品を新しくしていない、と役員連中に囁いた者がいたようなんだ。多分、元のボクの部署で商品開発に失敗し、別の部署に異動となった連中だ。新しい部署で新商品を開発し、バカな役員連中は、これからはその新製品が市場の中心となると思ったんだ。丁度、その頃、流行りの分野の商品だったからだ。だがな、流行りの分野の商品ということは、競合も沢山あるということなんだ。競合の真っ只中に飛び込むなんて、マーケティングを知らない奴のすることだ」
「ああ、君はフランス文学修士だが、商学部卒業のボクよりマーケティングに詳しい」
「バカな役員連中は、改組委員会を作り、そこにボクとミスター・シューベルトを呼んだ。そして、『元のボクの部署の連中で作った新商品を持つ部署と合併させてやる。お前たちの部署の商品はもうダメだから』と云ってきた。勿論、ボクとミスター・シューベルトは反論した。『その新商品がある程度、売れたのももうお終いのはずだ。それに、その新商品を作った連中とは仕事の仕方が違うので一緒になるのは無理だ』とな。実際、その通り、翌年からその新商品は利益を出せなくなった。でも、役員連中は、部署の合併を強行し、ミスター・シューベルトを商品開発の責任者から外し、閑職に追いやった。ボクは、ボクがいないと営業が成り立たないので外されることはなかったが、問題の新商品を開発した人間を部長に据えた。その結果、ボクの部署は赤字に転落することになった」

座席に並んで座るビエール・トンミー氏は、友人には気付かれぬよう、顔にそっと手を当て、欠伸をした。

「新部長は、悪い人ではなかったが、部長の器の人ではなかった。だから、ボクは本部長に何度も、間違った人事だ、赤字になってしまう、と進言したが、日和見な本部長は、『私もそう思うが、どうせ2-3ヶ月もしたらダメになると思うので、様子を見ましょう』としか云わなかった。その挙句、ボクの部署の別の商品の取扱いができなくなるという問題が発生し、お客様からクレームが殺到しそうだとなった時、専務がボクを呼び出し、部長をしろ、と命令して来た。『赤字の責任はお前には負わせない』とな。だって、その年度は赤字になることが判っていたからだ。ボクは拒否をした。偉そうな云い方になるが、ボク自身が一番の営業だったから、そのボクが部長になり、営業に出られなくなったら売上を上げられなくなるからだ」

友人が興奮すればする程、逆に冷めた気分となっていたビエール・トンミー氏が、

「(んぐっ!)」

と股間を抑えた。隣の駅(腰越)で乗って来た女性が、真ん前の席に座り、脚を組んだのだ。美脚であった。




(続く)



2020年7月26日日曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その68]






「だがなあ、ボクは、江ノ電のことを『路面電車』だなんて云ってはいないぞ」

江ノ島電鉄の江ノ島駅のホームで、エヴァンジェリスト氏は、『路面電車』の定義を滔々とと語った友人のビエール・トンミー氏に対して、底意地の悪い人間のような表情で反論した。

「チンチン電車だと云ったんだ」

無意識なのか意識的になのか、エヴァンジェリスト氏は、己の股間を、『位置』を直すかのように触っていた。その動きが眼に入ったビエール・トンミー氏は、

「ああ、もういい。さあ、乗るぞ」

と、エヴァンジェリスト氏の股間に眼がいってしまった自分自身を唾棄するかのような言葉遣いをし、江ノ電に乗った。

「雰囲気あるよねえ」

車両の中では、そんなニューハーフ・タレント風な物言いの女性の声が聞こえたが、

「ふん…チンチン電車が珍しいのか」

エヴァンジェリスト氏は、席に座った股を開き、首振り人形のように首を揺らしながら、そう云った。

「おい…チンチン電車は止めろ」

ビエール・トンミー氏が、小声で友人を制した。

「まあ、広島で路面電車を見慣れた君にとっては、珍しいものでないことはわかるがな」

と、ビエール・トンミー氏も、『広電』の車両を思い出していた。




「チンチン電車はまだ結構、各地で走っているぞ。札幌、函館、富山、高岡、福井、岡山、松山、高知、長崎、熊本、鹿児島なんかでも走っていて、乗ったことがある」
「君は全国を出張してきているものなあ」
「ああ…」

それまで怒りからか横柄気味な態度をとっていてエヴァンジェリスト氏が、突然、項垂れた。


(続く)


2020年7月25日土曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その67]






「うーむ、なんだかなあ…」

江ノ島電鉄の江ノ島駅のホームに立ったエヴァンジェリスト氏は、への字にした口から不満げな言葉を発した。

「何か文句があるのか?」

ビエール・トンミー氏は、やや面倒臭そうであった。

「これでは普通の電車ではないか」
「は?そりゃ、そんな特別な電車ではないさ」
「これがチンチン電車か?」
「何を云いたいんだ?」
「チンチン電車に、こんなホームはないぞ。これじゃ、中央線や山手線と同じじゃないか。チンチン電車のホームは、殆ど道路だ。道路に低いコンクリートで作られていたり、場所によっては、道路の白線でホームが書かれているだけだから、乗るときには、ヨッコラショと車両に上がるもんなんだ」

江ノ島電鉄の江ノ島駅のホームは、確かに、中央線や山手線と同じように車両の床と同じ高さに作られていた。




「ああ、君は何も分っちゃいない」

ビーエル・トンミー氏は、右手を上げ、左右に振った。

「いいか、江ノ電は、路面電車ではないんだ、普通の鉄道なんだ。路面電車は、道路に敷かれた線路を走るものだ。所謂、『併用軌道』だ。しかしだなあ、江ノ電は専用の線路を走っているんだ。まあ、何箇所か『併用軌道』はあるが、特認されたもので、江ノ電は、『鉄道事業法』による鉄道であって、『軌道法』が適用される路面電車ではないんだ」

ビーエル・トンミー氏は、一気にまくし立てるように説明した。

「君は本当に博識だなあ」

エヴァンジェリスト氏がまた『ハクシキ』という言葉を使ったが、ビエール・トンミー氏の股間には、今度は『異変』は生じなかった。

「(『みさを』は、江ノ電を普通の電車じゃないか、なんて云いはしなかった。そもそも『チンチン電車』なんて言葉を使いはしなかった)」

と気を緩めたビエール・トンミー氏に、エヴァンジェリスト氏が反論を始めた。


(続く)



2020年7月24日金曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その66]






「おい、どうした?」

エヴァンジェリスト氏が、ビエール・トンミー氏に訊いた。2人は、『Eggs'n Things』湘南江の島店を出て、歩いていた。

「なんだか歩きにくそうだな。股間に何か挟まってでもいるのか?」

股間を覗き込まれたビエール・トンミー氏は、ショルダーバッグを体の前に持ってきた。『Eggs'n Things』湘南江の島店で『みさを』とのことを思い出し生じた『異変』を隠したのだ。

「え?なんだ?何もないぞ」

と、惚けてみせたが、友人の次の言葉に動揺を隠し切れなくなった。

「今度は、チンチン電車か?」
「な、な、なぬ、チンチン!?」

人は、自分が気にしている言葉しか聞こえないことがある。己の股間に気を取られていたビエール・トンミー氏には、『電車』という言葉が聞こえていなかった。




「おお、おい、おい!公道でいきなりなんてことを云い出すんだ」
「君の方じゃないか、妙なことを云いだしたのは」
「はああ?だって、これから『江ノ電』に乗るんだろ?」
「それはそうだが…」
「だって、『江ノ電』って、チンチン電車だろうが」
「ああ…そういうことか」

気の緩んだビエール・トンミー氏は、ショルダーバッグを己の体の前で抑えていた手も緩み、ショルダーバッグが体の横にずれた。『異変』はまだそのままであった。

「(ふふん…)」

エヴァンジェリスト氏は、友人の股間に眼を遣り、勝手に納得した。


(続く)


2020年7月23日木曜日

【突撃インタビュー】『石原プロモーション』解散の真相?[その8=最終回]






「アナタは、今時は珍しい辛口の評価をする映画評論家もできるんだ。それも、ただ評論するだけではなく、日仏合作『SNCF印象派殺人事件』なる映画の監督・主演も務めるのだ。西洋美術史を語れる美術評論家でもあり、フランス語経済学やフランス文学にも造詣が深い文化人としての側面もある」

ビエール・トンミー氏にインタビューをするマスクをした記者らしき男は、そうビエール・トンミー氏を評した。

「『SNCF印象派殺人事件』のことは知らんが、他のことは、まあ、外れてはいないなあ」

何だかよく分からない状況にはあったが、ビエール・トンミー氏は、マスクをした記者らしき男の評価に満足げではあった。

「アナタなら、『羽鳥慎一モーニングショー』の名物コメンテーターにだってなれる」
「いや、『羽鳥慎一モーニングショー』には、『コロナの女王』の岡田晴恵教授という強力なライバルがいる」
「アナタはラーメンだって語れる。岡田晴恵教授にラーメンを語れますか?そして、何よりアナタには、女性たちを『昇天』させる力がある」
「まあ、それはそうだが」
「そう、そんなアナタ自身が、『オフィス・トンミー』の隠し玉なんだ」




「ああ、またその話か。いい加減にしろ」
「石原プロ入りが噂されていたエヴァンジェリスト氏を手放さないことで、石原プロを解散に追い込み、舘ひろしと神田正輝を『オフィス・トンミー』に移籍させ、渡哲也だって『オフィス・トンミー』に入れる。でもそれだけではなく、自分自身をもタレントとすることで、事務所を盤石なものとするつもりなのだ。石原プロをその犠牲としていいと、アナタは思っているのか!」

マスクをした記者らしき男の言葉は、もうインタビューと云えるものではなくなっていた。

「ブルルルルルル」

ビエール・トンミー氏の胸ポケットでiPhone X が震えた。

「ん?んん?」

それまで閉じていた眼を開け、胸ポケットからiPhone Xを取り出し、ロックを解除した。

「(なんだ、アイツか)」

エヴァンジェリスト氏からのiMessageであった。

「おい、ニュースを見たか?『石原プロ解散か』のニュースだ。当然、遠からず、ボクのところに取材が殺到すると思うが、『ノーコメント。事務所通してくれ』とするから宜しく頼む」
「(ふん!また戯けたことを……んん?)」

ビエール・トンミー氏は、周りを見回した。

「(あの男は?)」

マスクをした記者らしき男はもういなかった。いや、それ以前に、そこは駅の改札を出たところではなかった。銀座線『渋谷駅』であった。電車が駅に到着したところであった。

「(今日は、国立西洋美術館に『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』を観に行き、『一蘭』でラーメンを食べ、銀座線に乗ったものの、疲れたのか座席に座ったまま眠ってしまい、上野→渋谷→上野と往復してしまったようだ。そして今、ようやくまた渋谷か…)」

それは、2020年7月16日、石原プロ解散か、というニュースが流れた日であった。


(おしまい)



2020年7月22日水曜日

【突撃インタビュー】『石原プロモーション』解散の真相?[その7]






「ヴェルレーヌ(Verlaine)ですな」

マスクをした記者らしき男は、したり顔でビエール・トンミー氏にそう云った。ビエール・トンミー氏は、自覚はなかったが、どうやら、『Est-elle brune, blonde ou rousse ? - Je l'ignore.』というフランス語を呟いていたらしいのであった。

「え、そうなのか?」
「ヴェルレーヌ(Verlaine)の『Mon rêve familier』の一節でしょう」
「君はフランス文学の素養があるのか?」
「アナタこそフランス文学の素養があるのか、或いは、驚異の記憶力でMon rêve familier』を丸暗記したのか、あの若くて特に綺麗な女性を『昇天』させた後、その一節を聞かせ、更にアナタに酔わせたのでしょう。そう、『サトミ』という女に」
「『サトミ』というのか、あの女?」
「ほーら、やはり『サトミ』を『昇天』させたのですな」
「いや、そういうことではないが……どうして、『サトミ』という名前が解ったんだ?」
「アナタが口にしたんだ。上野から浅草、そしてまた上野を通過し、渋谷に向かう電車の中で、眼を閉じ、ブツブツと、『サトミ』、『ケシン』と云っていたのだ」
「ああ、そういうことか。君は何も解っちゃいない。『サトミ』は、映画『化身』に出てくるホステスだ。『里見』は源氏名で、本名は『矢島霧子』だ。最近、『化身』を見たから、ボクは、寝言で『化身』を語っていたんだろう」




「ふん、さすが、うまく誤魔化しますな。では、映画『化身』について語って頂こう」
「ああ、いいだろう。『化身』は、黒木瞳が宝塚退団翌年に全裸シーンに挑んだ映画だ」
「アナタは、『化身』をどう評価するのだ?」
「正直なところを云おう。『おーっ、これが有名な黒木瞳のオッパイか』、『おーっ、これが有名な黒木瞳のケツか、『おーっ、あの有名な黒木瞳が全裸でカラミをやっている』、これがワシの評価だ」
「おお、なかなか辛口の評論ですな。しかし、ふふ。それでやはり、アナタの計画が明らかになったぞ」
「はああ?」


(続く)



2020年7月21日火曜日

【突撃インタビュー】『石原プロモーション』解散の真相?[その6]






「インタビューは終ったようだな。ワシは行く」

マスクをした記者らしき男の意気消沈を見たビエール・トンミー氏は、今度こそ、その場を離れていこうとした。しかし…

「ああ、アナタも相当にお疲れですからな。お相手があんなに若いとね。カラダが持ちませんよね。ふふ」

駅の改札を出たところで、ビエール・トンミー氏とマスクをした記者らしき男の横を通り過ぎる中年の女性が、ビエール・トンミー氏に軽蔑の視線を送った。

「おい、止めろ!他人聞きの悪いことを云うんじゃない!」

ビエール・トンミー氏は、振り向き、マスクをした記者らしき男に食ってかかった。

「他人聞きが悪いって、もう若い頃のような『元気』がないことですか?」
「違う!ありもしないことを云うな、と云っているんだ!」
「確かに、65歳のアナタにはもう昔のような『元気』はない。しかし、アナタは頑張った。あんなに若い女性を相手に」

2人の横を通るまた別の中年女性が、大きく口を歪め、ビエール・トンミー氏に唾をかけんばかりであった。

「止めろ、止めろ!ワシには、『そんなこと』、身に覚えがない!....まあ、『そんなこと』があったのなら良かったとは思わないではないが…」
「アナタ、疲れ過ぎて、『そんなこと』をしちゃったのをお忘れのようですな」
「え?ワシは、疲れ過ぎて忘れたのか?」
「先程、申し上げましたでしょ。アナタ、今日、銀座線で、上野→渋谷→上野と往復したではないですか。『一蘭』で見失ったアナタを銀座線で発見したのだ」
「ああ、座れたものだから、ついつい寝てしまった」
「え!?『吸われた』!?なんと大胆な発言を!」




「へ?君は何を云っているんだ?」
「なるほど、『吸われた』こともあって、あんなにお疲れだったんですな」
「云っている意味が分らんが、ワシは確かに疲れていた。何しろ、『初めてのおつかい』だったからな」
「疲れたアナタは、気付くと、電車が渋谷で折り返し、また上野にいた。しかも電車はもう上野を出るところだった。渋谷ではなく浅草方面にね」
「そこまで見ていたのか。見ていたんだったら、起こしてくれればいいのに」
「しかし、アナタは眼を閉じたまま呟いていた」
「え?何を?」
「『Est-elle brune, blonde ou rousse ? - Je l'ignore.』とね」
「え?何だ、それは?」


(続く)


2020年7月20日月曜日

【突撃インタビュー】『石原プロモーション』解散の真相?[その5]






「久しぶりの『イチラン』は如何でしたか?不味かったですか」

背を向けたビエール・トンミー氏に、マスクをした記者らしき男が、問いかけた。

「なにい!」

その場を去ろうとしていたビエール・トンミー氏が、振り向き、凄んだ。マスクをした記者らしき男の言葉を無視することはできなかった。福岡のラーメン店『一蘭』のラーメンにケチをつけてこられたのだ。

「『一蘭』は美味い!妙なことを云うな!」

ビエール・トンミー氏は、福岡に転勤していた時期があり、福岡の豚骨ラーメンへの造詣が深い。その日も、福岡のラーメン店『一蘭』のアトレ上野山下口店に入ったのだ。

「ラーメンは、『精』がつきますからねえ。ソノ前に食べることにしたんでしょ?あの若くて特に綺麗な女性と」

マスクをした記者らしき男は、マスクをしていたので確認はできなかったが、口の端を歪めていたようであった。

「君は、本当に恥知らずな男だなあ。そんなイヤラシイ発想しかできないのか!」
「ふん!『イチラン』のラーメンで、より『インラン』になったのでしょうに」




「おいおい、『一蘭』に失礼だぞ!そもそも、ワシは一人で『一蘭』に入ったんだ」
「まあ、店の中では一人のように見えましたね」
「意味不明のことを云うな」
「食べるカウンターが、一人一人、間仕切りのあるものでしたからね。一見、一人で食べているように見たでしょうが、アナタの隣の席には、あの若くて特に綺麗な女性いましたよね?」
「隣に誰がいるのかなんて気にはしていなかった。味に集中していたからな。何しろ、あのカウンターは、『味集中カウンター』なんだ。特許だって取っているんだぞ」
「確かに、あのカウンターは、味に集中してしまいますね」
「だろ?君もあの店にいて、食べたんだな。『一蘭』のラーメンは、本当に美味しいんだ。同じように東京進出している福岡のラーメン店の中には、多店舗展開をし過ぎて、味を落としてしまったところがあるが、『一蘭』は違う。福岡で食べていた味そのままだ」
「しかし、私は、その味に集中しすぎて、アナタたちを見失ってしまった。私としたことが」

マスクをした記者らしき男は、項垂れ、ビエール・トンミー氏に突きつけていたマイクも項垂れた。


(続く)