「トンミー社長、アンタにはもう一人、隠し玉があるんだ!」
どこのメディアか不明のマスクをした記者らしき男は、駅の改札を出たところで、マイクを突き付けられ、立ったままのビエール・トンミー氏に更にマイクを近づけた。
「おい、もういい。妄想は自分だけでしていろ。ワシは行く」
と、背を向けたビエール・トンミー氏に、意外な言葉が投げかけられた。
「アナタ、今日、銀座線で、上野→渋谷→上野と往復したでしょ」
ビエール・トンミー氏は、思わず振り向いた。
「ど、ど、ど、ど、どうしてそれを!?」
「私は、真実を追求したいんだ、と申し上げたでしょう。アナタは、今日、国立西洋美術館に『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』を観に行った」
「むむっ」
「予約制の事前申し込みが先月、つまり6月の28日の12時からあって、なかなかオンラインが繋がらなくてPCとスマホで接続に格闘して一時間後にやっと買えたチケットだ」
「君は一体…」
「時間指定で、尚且つ、一度に5人に分けて入場だったので、美術館内はスカスカ。おかげでゆーっくり鑑賞できましたね?」
「そ、そ、そうだが…」
「印象派の絵が一番観たかったんでですよね?」
「そこまで…」
「しかし、いつもならご一緒の奥様が今日は、家でお留守番でしたね」
「予約制でなかなか朝一番のチケットが取れなかったんだ。それに、家内は、行くことに余り積極的でなかった」
「いや一番の理由は他にあるでしょう。アナタには腹黒い魂胆が、そこにもあったのだ」
「違う、違う!いつも、どこに行くも家内が一緒だから、『初めてのおつかい』的な一人で何かをすることをやってみたかったのだ」
「ふん!白々しい。国立西洋美術館では、アナタは、まるで西洋美術史の教授だった。年齢からしたら、名誉教授かもしれないが」
「何を云いたいんだ?」
「人は他人を見かけで判断する。アナタは、風貌からすると、ルネサンス期であろうとポスト印象派であろうと語り尽くせる教養人、まさに、名誉教授と見える」
「まあ、それは否定はできん」
「他の入場者たち、特に女性たちは、アナタに見とれていた」
「ワシは気付かなかったが、そうだったのか。ワシが持つ教養と気品を隠すのは難しいからな」
「そんな女性たちの中で、若くて特に綺麗な女性が、ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルの《アンジェリカを救うルッジェーロ》 の前でアナタに話し掛けて来た。絵の解説を求めたのだ」
「んん?そうだったかなあ?」
「また、お惚けですな。アナタは、西洋美術史の中でも特に裸体画に詳しい」
「まあ、裸体画ならいくらでも語り尽くせる」
「その若くて特に綺麗な女性は、アナタの『ご希望なら、西洋美術史のプライベート・レッスンを致しましょう』という言葉にまんまと乗ってしまった」
「ええ!?知らんぞ、そんなこと」
ビエール・トンミー氏は、マスクをした記者らしき男に対してムキになった。
(続く)
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