(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その68]の続き)
「ボクは何度も警告したんだ」
江ノ電の中で座り、項垂れたまま、エヴァンジェリスト氏は、ボツボツとながらも強い口調で語り出した。
「そもそもの間違いは、ミスター・シューベルトを外したことだ」
ミスター・シューベルトは、エヴァンジェリスト氏の先輩であった。商品開発の天才だ、とビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏から聞いたことがあった。『出張』というビエール・トンミー氏の言葉に、エヴァンジェリスト氏は、仕事を思い出したのだ。
「ボクの部署は、最盛期には、半期決算時点で会社の利益の半分を出したこともあった。通期では、利益は1/3から1/4くらいにはなったが、稼ぎ頭の部署だった。市場環境に依るところもあったが、ミスター・シューベルトが開発した商品が大ヒットしたからだ」
ビエール・トンミー氏は、つまらなそうだった。幾度か聞いたことがある話だったのだ。
「だが、ボクの部署が20年も商品を新しくしていない、と役員連中に囁いた者がいたようなんだ。多分、元のボクの部署で商品開発に失敗し、別の部署に異動となった連中だ。新しい部署で新商品を開発し、バカな役員連中は、これからはその新製品が市場の中心となると思ったんだ。丁度、その頃、流行りの分野の商品だったからだ。だがな、流行りの分野の商品ということは、競合も沢山あるということなんだ。競合の真っ只中に飛び込むなんて、マーケティングを知らない奴のすることだ」
「ああ、君はフランス文学修士だが、商学部卒業のボクよりマーケティングに詳しい」
「バカな役員連中は、改組委員会を作り、そこにボクとミスター・シューベルトを呼んだ。そして、『元のボクの部署の連中で作った新商品を持つ部署と合併させてやる。お前たちの部署の商品はもうダメだから』と云ってきた。勿論、ボクとミスター・シューベルトは反論した。『その新商品がある程度、売れたのももうお終いのはずだ。それに、その新商品を作った連中とは仕事の仕方が違うので一緒になるのは無理だ』とな。実際、その通り、翌年からその新商品は利益を出せなくなった。でも、役員連中は、部署の合併を強行し、ミスター・シューベルトを商品開発の責任者から外し、閑職に追いやった。ボクは、ボクがいないと営業が成り立たないので外されることはなかったが、問題の新商品を開発した人間を部長に据えた。その結果、ボクの部署は赤字に転落することになった」
座席に並んで座るビエール・トンミー氏は、友人には気付かれぬよう、顔にそっと手を当て、欠伸をした。
「新部長は、悪い人ではなかったが、部長の器の人ではなかった。だから、ボクは本部長に何度も、間違った人事だ、赤字になってしまう、と進言したが、日和見な本部長は、『私もそう思うが、どうせ2-3ヶ月もしたらダメになると思うので、様子を見ましょう』としか云わなかった。その挙句、ボクの部署の別の商品の取扱いができなくなるという問題が発生し、お客様からクレームが殺到しそうだとなった時、専務がボクを呼び出し、部長をしろ、と命令して来た。『赤字の責任はお前には負わせない』とな。だって、その年度は赤字になることが判っていたからだ。ボクは拒否をした。偉そうな云い方になるが、ボク自身が一番の営業だったから、そのボクが部長になり、営業に出られなくなったら売上を上げられなくなるからだ」
友人が興奮すればする程、逆に冷めた気分となっていたビエール・トンミー氏が、
「(んぐっ!)」
と股間を抑えた。隣の駅(腰越)で乗って来た女性が、真ん前の席に座り、脚を組んだのだ。美脚であった。
(続く)
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