(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その53]の続き)
「それから、なんだったけなあ…マムシも出てくるんだろ?」
エヴァンジェリスト氏の『毒殺』という言葉に続けて、ビエール・トンミー氏が口にした『マムシ』という言葉に、老人たちの席に顔を向けていた隣席の女性二人は、露骨に嫌悪の情を顔に表した。『Eggs'n Things』の湘南江の島店である。
「『Le nœud de vipères』のことか」
エヴァンジェリスト氏が、日本人には難しいかもしれないフランス語の発音で、フランソワ・モーリアック(Françous MAURIAC)の代表作の名前を挙げた。
「おお、そうそう。ルヌー…だ」
「『蝮の絡み合い(Le nœud de vipères)』の『マムシ』は、心理表現、というか、キリスト教的表現とも云えるものだから『マムシ』そのものは出てこない」
「おお、そうだった、そうだった。ルヌー…は、読んだことはないが」
「まあ、フランス文学修士とはいっても、モーリアックにしか興味がないボクは、『パヌケ(pannequet)』のことはそんなに詳しい訳ではない」
老人二人は、『Eggs'n Things』がパンケーキで有名なことから、パンケーキはフランス語でどういうのか話していたのだ。
「ミニテルでも『パヌケ(pannequet)』は出てこなかったのか?」
「ミニテルのサービスでは、いや、正確には『テレテル(Télétel)』のサービスには、色々な情報があるからなあ」
「な、な、何?『てるてる坊主』?」
「おお、わざとトボけて見せてるんだな。天気予報のサービスのことだな」
「そ、そ、そうだ。すまん、すまん、ちょっと、シャレてみてしまった」
「天気予報のサービスはあった。ホットケーキ屋のサービスとか情報もあっただろうが、ボクは知らない。だが、確か、『パヌケ(pannequet)』が、パンケーキの語源になっていたんじゃないかなあ」
「じゃあ、『パヌケ』を食べるか?ハワイアン・レストランだから、パンケーキ以外のメニューもあるが、『Eggs'n Things』といえば、やっぱりパンケーキなんだ」
「おお、じゃあ、ホットケーキにしよう」
老人たちは、ようやくメニューを開いた。
(続く)
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