「小町通りを行くんだろ?」
夕暮れの鎌倉駅の前で、虚空を凝視めているビエール・トンミー氏に、エヴァンジェリスト氏が、声を掛けた。
「ああ」
ビエール・トンミー氏は、肯定の言葉を、明らかに不機嫌なトーンで返したが、
「鎌倉はなあ、実は、女房との初デートの場所なんだ」
エヴァンジェリスト氏は、構わず、語り始めた。
「本当は、奥多摩とか御岳山とか、アッチの方に行きたかったんだ」
と、云いながら、思い出しの笑みを頬に浮かべた。
「だって、山に行った方がいいだろ?」
老人2人は、小町通りの入り口の赤い鳥居を潜った。
「ふん!このスケベ野郎!」
沈黙していたビエール・トンミー氏が、友人の方を向くこともなく、嫌悪を吐き出すように云った。
「ん?分るか?」
「どうせ、山の方が手を出し易いとでも思ったんだろう」
「おお、さすがスケベ大先輩!山の方が、草むらだってあるし、山道には人気がないかもしれないものな」
「だけど、その魂胆は見抜かれたんだろう」
「そいうことなんだろうな。鎌倉に行きませんか、と云われた」
「でも、鎌倉でも手を出そうとしたんだろうが」
(続く)