2020年9月28日月曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その129]



治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その128]の続き)



「おいおい、どうしたんだ。もう帰るのか?」


鎌倉大仏を背に歩き出したビエール・トンミー氏を追いかけながら、エヴァンジェリスト氏が訊いた。


「もう『治療』はおしまいなのか?」


エヴァンジェリスト氏が、ビエール・トンミー氏に連れられ、江ノ島、鎌倉へと来たのは、産業医から告げられた『仕事依存症』の『治療』の為であったのだ。


「歩きなさい」


産業医にそう勧められた。心の病には、歩くことがいいのだそうだ。『仕事依存症』も一種の心の病であった。


「熊野古道にでもいらしたら如何ですか?」


とも云われたが、遠い熊野古道まで行く気はなく、しかし、友人を心配したビエール・トンミー氏に誘われ、江ノ島、鎌倉まで来たのだ。


「おい、ボクは何か変か?」


ビエール・トンミー氏に気に触れるようなことでも云ったでのはないか、と思い、訊いたが、


「はあ?ずっと、いつだって変だろうに」


振り向いたビエール・トンミー氏は、そう云うと、再び、背を向け、友人を置き去りにするように歩き出した。


「ボクの病気はまだ治っていないぞ。なのに、もう帰るのか?」

「まだ帰らん」


ビエール・トンミー氏は、振り向きもしない。


「じゃあ、次はどこに行くんだ?」

「鎌倉だ。鶴岡八幡宮に行く」


とだけ云うと、ビエール・トンミー氏は、『長谷』の駅まで無言で、そして、そこから江ノ電に乗っても無言で、無言のまま鎌倉駅に降り立った。


「……」


駅を出て、駅舎を見た時、ビエール・トンミー氏の目頭にクルマのライトが当たり光った。夕暮れから夜に入ろうとしていた。






(続く)




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