「おいおい、どうしたんだ。もう帰るのか?」
鎌倉大仏を背に歩き出したビエール・トンミー氏を追いかけながら、エヴァンジェリスト氏が訊いた。
「もう『治療』はおしまいなのか?」
エヴァンジェリスト氏が、ビエール・トンミー氏に連れられ、江ノ島、鎌倉へと来たのは、産業医から告げられた『仕事依存症』の『治療』の為であったのだ。
「歩きなさい」
産業医にそう勧められた。心の病には、歩くことがいいのだそうだ。『仕事依存症』も一種の心の病であった。
「熊野古道にでもいらしたら如何ですか?」
とも云われたが、遠い熊野古道まで行く気はなく、しかし、友人を心配したビエール・トンミー氏に誘われ、江ノ島、鎌倉まで来たのだ。
「おい、ボクは何か変か?」
ビエール・トンミー氏に気に触れるようなことでも云ったでのはないか、と思い、訊いたが、
「はあ?ずっと、いつだって変だろうに」
振り向いたビエール・トンミー氏は、そう云うと、再び、背を向け、友人を置き去りにするように歩き出した。
「ボクの病気はまだ治っていないぞ。なのに、もう帰るのか?」
「まだ帰らん」
ビエール・トンミー氏は、振り向きもしない。
「じゃあ、次はどこに行くんだ?」
「鎌倉だ。鶴岡八幡宮に行く」
とだけ云うと、ビエール・トンミー氏は、『長谷』の駅まで無言で、そして、そこから江ノ電に乗っても無言で、無言のまま鎌倉駅に降り立った。
「……」
駅を出て、駅舎を見た時、ビエール・トンミー氏の目頭にクルマのライトが当たり光った。夕暮れから夜に入ろうとしていた。
(続く)
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