「君の最初にして今のところ唯一の戯曲『されど血が』だって、『田村書店』で見出されることになるだろう」
と云うビエール・トンミー氏の言葉に、エヴァンジェリスト氏は、自身の戯曲が『田村書店』の本棚に並んでいる光景を想像したが、
「いや、『されど血が』は、雑誌『東大』に掲載したものを放送劇用に手直ししたが、あれも手書きだぞ。これも一部しかなく、出演者にはその一部を一緒に見ながら演じてもらったんだ」
と、やはり、まさかの思いの方が強くなった。
「そんなことくらい知っているさ。だって、主演はボクじゃないか。雑誌みたいなものである『何会』や『東大』だって手書きなんだから、『されど血が』も『田村書店』の本棚に並ぶのさ、だがな、それだけじゃあないんだ」
「は?他に何かあったかなあ…」
「テープだ」
「テープ?君が持っているエロ・テープか?」
「いや、時代はもうDVDはおろか、ブルーレイ・ディスクの時代でもなくネットの時代だ、そんなテープはもう棄てた。それにボクの持っていたエロ・テープが、どうして『田村書店』で売られるんだ」
「ボクは、エロ・テープは持っていないぞ」
「『されど血が』のテープだ」
「え!?」
「『されど血が』は、テープに録音し、それを広島皆実高校1年7ホームのホームルームの時間に流しただろ。その録音したテープだ」
「ま、ま、まさか!」
「『されど血が』は、君が作・演出し、音楽まで担当した作品だ。ノーベル文学賞受賞者の異色の作品として貴重なものなんだ」
(参照:夜のセイフク[その52])
「でも、そのテープが、どうしてあるんだ?ボクは持っていなかったと思うぞ」
「『石橋基二』先生だ。担任の『石橋基二』先生が、ずっと保管していらしたんだ」
「え!?『石橋』先生が!」
「先生というものは、有難いものであるなあ」
「でも、いいのか?君が主演したんだぞ。君の声が、君の演技が、一般に知れ渡ってしまうぞ。君は、世に出ることを嫌がっているではないか」
「だから、云っただろ。君とのiMessageと同じさ。ノーベル文学受賞者の友人を持ったものの宿命だ」
「ボクの作品が並ぶのは、ここ『鎌倉文学館』だけではないんだなあ」
「そりゃ、そうさ。何しろ、ノーベル文学受賞者だからな。じゃあ、行くか」
と、ビエール・トンミー氏は、友人を背に『鎌倉文学館』の特別展示室を出て行った。
(続く)
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