「ああ、『蓮弁』は本当は32枚作られるはずだったんだ。でも、実際には、4枚しかないのはなあ、財政的理由だと云われているんだ」
ビエール・トンミー氏が、鎌倉大仏の台座に蓮弁が4枚しかない理由を説明した。
「大仏様、可哀想…」
あの時、ビエール・トンミー氏の説明を聞いた『みさを』は、そう云って、眼を伏せた。
「(なんて、優しい娘なんだ!)」
ビエール・トンミー氏は、『みさを』への愛おしさが募った。
「(だが、ボクは、その時まだ知らなかった…)」
『みさを』は、どこか自らの境遇を大仏に重ねていたのだ。
「蓮かあ、懐かしいなあ」
今そこで眼を伏せていたと思っていた『みさを』が、60歳を過ぎた爺さんに変っていた。
「ウチの前も蓮田だったんだ。ウチの前だけではなく、小学生の頃は、隣以外は、近所は殆ど蓮田だったんだ」
エヴァンジェリスト氏は、昭和30年代の広島市の翠町を思い出していた。
「チッ…」
『みさを』を消されたビエール・トンミー氏は、舌打ちをした。
「蓮田だから、カエルも一杯いて、夏の夜は、ゲロゲロと煩かった」
「ああ、ボクが行っていた頃もまだ蓮田が沢山あったな」
ビエール・トンミー氏は、高校生の時、何故か、自宅のあった牛田から遠回りではあったが、エヴァンジェリスト氏の家に寄って、一緒に広島皆実高校まで通学していたのだ。
「蓮田というと聞こえはいいが、要するにレンコン畑だ。とても宗教的な崇高さは感じなかったけどなあ」
「君には元々、崇高なものは似合わない。蓮田の横を通って、『肉感的な』少女の後でも付けて、『んぐっ!』していたんだろうに」
「いや、『肉感的な』少女は、ウチの前を通って『ミドリチュー』に行ってはいなかった。それは、『パルファン』子さんの方だ」
『肉感的な』少女も『パルファン』子さんも、エヴァンジェリスト氏が、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の頃、お気に入りだった一学年下の女の子たちであった。
「どっちでもいい!さあ、行くぞ」
『みさを』との思い出が、友人のお下劣な思い出に汚されたように思え、ビエール・トンミー氏は、鎌倉大仏を背に、歩き出していた。
(続く)
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