「そして、見たんだな?」
鎌倉大仏のある高徳院の仁王門を潜り、券売所で拝観券を購入し、進んだところで立ち止まったエヴァンジェリスト氏が、前方を指差して、友人のビエール・トンミー氏に訊いた。
「『みさを』と」
と問うエヴァンジェリスト氏の言葉に、ビエール・トンミー氏は、しばらく反応できなかった。眼の前には、鎌倉大仏が鎮座していた。
「図星だなあ」
「…な、何が図星だ。君は、さっきから『みさを』、『みさを』と云っているけど、誰だ、それは?そんな女、知らんぞ」
とは云ったものの、図星だった。そうだ、ビエール・トンミー氏は、『みさを』と、この日と同じように、江ノ島に行き、鎌倉文学館に行き、その後に鎌倉大仏まで来たのだ。
「あれ?『みさこ』だったけ?」
「しつこい!」
と、エヴァンジェリスト氏に向って唾を飛ばした時だった。
「おっきいねえ」
と、甘い声が聞こえ、思わず、その声の方に顔を向けた。
「(『みさを』!)」
と、思った。『みさを』が、こちらに笑顔を向けていた、と思った。が…
「ああ…」
背後から、野太い声がした。笑顔を向けてきていたのは、『みさを』とは似ても似つかぬ容貌の女だった。そして、その女の笑顔は、ビエール・トンミー氏に向けられたものではなく、彼の後ろにいる男、その女に似つかわしい程度の容貌の男に向けられたものであった。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿