「『博識大先生』の君が知らんとは」
鎌倉文学館の特別展示室で、エヴァンジェリスト氏は、友人のビエール・トンミー氏の言葉に頭を抱えた両手の隙間からのぞかせた顔を左右に振った。
「モーリアックはなあ、フランソワ・モーリアック(François MAURIAC)の方だが、ノーベル賞作家なんだぞ」
フランソワ・モーリアックの息子のクロード・モーリアック(Claude MAURIAC)も作家なので、そういう云い方をしたのであったが、そんな背景をビエール・トンミー氏は知る由もなかった。
「おお、そうであったか。であれば、尚更、君がノーベル賞を受賞するのも必然だな。君は、モーリアックにつながっているんだものな。そうだ、モーリアックの弟子だ、いや、遠藤周作を経て、孫弟子かな」
「いやああ、弟子なんて烏滸がましいなあ」
と照れながらも、エヴァンジェリスト氏は、続けて烏滸がましい言葉を放った。
「まあ、『プロのた…』、あ、うう、そうじゃなくって、ボクの書く文章でモーリアック的レトリックを使うことがあることは確かだけどな」
「おお、おお、そうであろう。正直なところ、どこがそのレトリックなのかは、商学部卒業ながら今は西洋美術史が専門のボクには分らんが、君の過去の作品も『田村書店』で売られる時も来るだろう」
ビエール・トンミー氏は、知ったばかりの神田の有名古書店『田村書店』を持ち出してきた。
「へっ!?ボクの過去の作品?」
「そうだ。雑誌というか雑誌みたいなものだった『何会』とか『東大』だ」
(参照:夜のセイフク[その70])
「いや、あれは、ノートをちぎってホッチキスで止めただけのものだったし、そもそも手書きだったから、原本一部しかなかったんだ」
「原本一部があれば、十分ではないか」
「その原本も今はもう、どこのあるのか分らない。ボクが実家を出た後、ボクの残した本なんかは勝手に処分されたようだったし、仮に残っていたとしても、実家を相続後、一緒に相続した次兄が、実家のものは総て廃棄処分としたんだ」
「つまり、原本がどこに行ったか不明ということだろう」
「まあ、そう云えばそうではあるが」
「君がノーベル賞を受賞したことが報道されると、『何会』とか『東大』を持っている者が、それで一儲けを考えても不思議ではない!」
「なるほどお…」
「だが、『何会』とか『東大』とかだけじゃないぞ」
「え!?」
(続く)
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