(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その79]の続き)
「文学館は、君に相応しいんだ。君自身、そのことにまだ気付いてはいないんだろうが」
江ノ電『長谷』駅を出て、狭い歩道を北上し、『長谷観音』の交差点を右折した歩道に立ち止まり、ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏に対し、謎めいた云い方をした。
「え?ボクがまだ気付いていない?」
と、エヴァンジェリスト氏が、可愛い小鳥のように小首を傾げたが、その様子を気持ち悪く思ったビエール・トンミー氏は、進行方向に向き直り、また歩き始めた。
「いいから、まあ、付いてこい」
その道も決して歩道は広くなく、エヴァンジェリスト氏は、ビエール・トンミー氏に並んで、というよりも、彼の少し斜め後ろを歩いた。ビエール・トンミー氏は、何故か、機嫌が良さそではない。
「(『海岸通り』というのか…)」
途中のバス停の標識で、その通りの名前を知ったが、
「(海岸はここにはないぞ。多分、もっと向こうの方だ。なのに、『海岸通り』とはなあ)」
と思ったが、そのことを友人に訊ける雰囲気ではなかった。
「(この道も、一緒に歩いた…『みさを』と)」
ビエール・トンミー氏は、友人の存在を忘れた訳ではなかったが、右手に『みさを』の手の感触を思い出し、無言でいた。
「(指を絡めてきた…んぐっ!)」
一瞬、ビエール・トンミー氏は、歩みを止めた。
「ん?どうした?」
無邪気なエヴァンジェリスト氏が、顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもない。あ、そうだ。次の交差点を左折するぞ」
ビエール・トンミー氏は、数メートル先の交差点を指差した。
(続く)
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