「なんだ、なんだ、これはおかしいだろう!」
テレビを見ていたビエール・トンミー氏が、テレビを指差し、口を尖らせた。
「え?どうしたの?」
台所で夕食の後片付けをしていたマダム・トンミーが、普段は温厚な紳士である夫にしては、珍しい物言いに驚いた。
「日本人が日本国内で拳銃の撃ち合いをするなんて、それは、ないだろう!」
テレビのニュースで『西部警察』の映像が流れていたのだ。
「ああ、『西部警察』ね。渡哲也、死んじゃったのねえ」
マダム・トンミーの声は、しみじみとしていた。月曜日(2020年8月10日)に渡哲也が亡くなっていたことが、ニュースで流れていた。
「クルマだって、こんなに飛んだり、燃えたりするかあ!?」
ビエール・トンミー氏は、『西部警察』のなんたるかは、知らなくはなかったが、実際の映像をちゃんと見るのは初めてであったのだ。
「だって、それが『西部警察』でしょ?」
「え、君は、『西部警察』を見ていたのか?」
「うーん、学校の皆、見てたから、私も時々は見たの」
夫人は、『西部警察』が放映されていた頃、既に会社員であった夫より十歳下であったので、まだ学生であった。
「そうか、これかあ。これだったのか、コマサがしたことは」
「ん?何、コマサって」
「小林専務だ。石原裕次郎のマネージャーで、石原プロの専務だった人だ」
「へえ、そうなの。でも、その人が何をしたの?」
「これさ」
と、ビエール・トンミー氏は、テレビの画面を指し示した。既に、ニュースは、『コロナ』に変っていたが。
「拳銃の撃ち合いや、派手なカーアクションだ」
「石原裕次郎や渡哲也じゃないの、したのは?」
「演じたのはそうだが、ドラマをそういう方向性にしたんだ、コマサが」
その云い方は、賞賛の意味合いは感じられるものではなかった。
「ふーん、アータ、随分詳しいのね。『西部警察』も見てなかったのに」
「へ?.....いや、まあ」
「石原プロのこと、どうしてそんなに詳しいの?昔、石原プロにでも入るつもりだったの?アータ、イケメンだったし」
妻の素直な疑問に、手に持っていたiPhone X を床に落としてしまった。
「(うっ!.......チクショー、アイツのせいだ)」
そうである。ビエール・トンミー氏は、『西部警察』にも石原プロにも興味はなかったが、普段から、友人のエヴァンジェリスト氏が、『石原プロ入りする』とか『まだ、まき子夫人から電話がかかってこない』とか、石原プロについて語るものだから、知らず知らずのうちに、石原プロについて詳しくなり、テレビに舘ひろしが出てきたり、『石原プロ解散か?』というニュースがあると気になるようになってしまっていたのだ。
「(ボクは、石原プロなんかどうでもいいのに!)」
その時、ホルン音が鳴った。床から取り上げたiPhoneであった。
「む?」
エヴァンジェリスト氏からのiMessageである。
「おい、ニュースを見たか?当然、遠からず、ボクのところに取材が殺到すると思うが、『ノーコメント。事務所通してくれ』とするから宜しく頼む」
「(ふん!また戯けたことを)」
しかし、iMessageは続いた。
「また戯けたことを、と思うだろうが、君にも取材が行くかもしれないぞ」
「(まさか…)」
「君が、オフィス・トンミーに、舘ひろし、神田正輝だけではなく、渡さんをも引き抜こうとしていたことは、世界に知られているからな」
「え!?」
「だって、『プロの旅人』に書いてあったもんな」
「(おお、そうだ!渡哲也が亡くなったというのに、あんな巫山戯たことについて訊かれても……世間から叩かれてしまう!.......いや、あんな妄想系Blogなんて、誰も信じはしないし、そもそも、誰も読んでなんかいないだろう)」
と、自らを安心させた時であった。リビングの端に置いた固定電話が、けたたましく鳴った。
「(え!え!え!....まさか、まさか取材か!?)」
ビエール・トンミー氏は、ソファから腰を上げ、逃げるようにトイレへと向った。
「アータ、電話よ」
電話を取ったマダム・トンミーが、夫の背中に声をかけた。
「うっ…」
立ち止まったビエール・トンミー氏は、ほんの少しだが、パンツを濡らした。
「市役所への2回目の給付金の手続き、代行する、ですって」
(おしまい)
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