(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その92]の続き)
「いや、あんなものは、論文ではない!感想文だ」
鎌倉文学館の常設展示室で、エヴァンジェリスト氏が、吐き棄てるように云った。
「そうかなあ。まあ、論文か感想文かは知らないが、ボクは心を動かされたぞ。君が書いたものだと思うと、ちょっと悔しかったがな」
ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏が修士論文で取り上げたフランソワ・モーリアック(François Mauriac)を読んだことはなかったが、その作家がエヴァンジェリスト氏の心の中に生じさせたものを、その修士論文で感じたのは本当だった。普段のオチャラケた男の心底に在るものに触れたと思った。
しかし…
「ボクも『文学者』にならないといけないと思った時期はあった。だから、『四田文学学生会』にも入ったが、夏の合宿で自分は『文学者』にはなれない、と思った。いや、なりたいと思わなくなったんだ」
と、エヴァンジェリスト氏は、40年近く経ったにも拘らず、『文学者』を断念した当時のように顔を曇らせた。
「君が自分のことを『文学者』と思うと思うまいと、君の修士論文は、ここ『鎌倉文学館』に展示されてしかるべきだ」
ビエール・トンミー氏の思いがけない言葉に、エヴァンジェリスト氏は、友人を凝視した。
「Blogだって展示されるのだ、ここにな」
それは、もっと思いもしない言葉だった。
(続く)
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