(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その80]の続き)
「おお!たい焼きかあ!」
エヴァンジェリスト氏が、叫んだ。江ノ電『長谷』駅を出て、狭い歩道を北上し、『長谷観音』の交差点を右折した道をしばらく進み、『文学館入口』の標識のある交差点に近づいたところであった。
「懐かしいなあ」
交差点の一角に、『たい焼き なみへい』の看板のかかる店があった。
「え?ここに来たことがあるのか?」
「いや、懐かしいのは、『なみへい 』ではなく、たい焼きだ。都立大学に下宿していた頃、よくたい焼きを..,」
とエヴァンジェリスト氏が云い掛けると、ビエール・トンミー氏がその言葉を遮った。
「都立大学のことは今はいい。明後日、行くから」
「あ、そうかあ」
ビエール・トンミー氏は、友人の為に、江ノ島・鎌倉の後、二人の青春の足跡を辿る『治療の旅』を計画してくれていたのだ。そこには当然、エヴァンジェリスト氏が大学の1年生、2年生を過ごした『都立大学』の地も含まれているのだ。
「こっちだ」
ビエール・トンミー氏が、『たい焼き なみへい』のある方に左折する道を指差した。
「え?この道なのか?」
その道は、決して狭い道ではなかったが、片側に一人歩くのが精一杯の歩道しかない、広くはない道だった。ただの住宅街の道としか見えなかった。道は、少し蛇行し、先が見えなかった。とても文学館なるものがありそうなところには見えなかった。
「いいなあ。こんなとこに住みたいなあ」
『みさを』は、通りを入った住宅街を見回しながら、そう云った。
「旦那さんと散歩もしたいなあ」
その無邪気な言葉に、邪気しかないビエール・トンミー氏の体のある部分が、『反応』した。
「(んぐっ!)」
一瞬、ビエール・トンミー氏は、立ち止った。そこを歩いているのが、今の自分なのか、『みさを』と歩く自分であるのか、時制が分らなくなっていた。
「おい、どうした、また?さっきから、なんだか変だぞ」
エヴァンジェリスト氏の言葉に、『今』を思い出した。
(続く)
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