(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その75]の続き)
「長谷寺には行かん」
と云って、エヴァンジェリスト氏に背を向け、ビエール・トンミー氏は、江ノ電『長谷』駅を出て北上する狭い歩道を、また歩き始めた。
「おい、どこに行くんだ?」
エヴァンジェリスト氏は、慌てて友人を追った。
「君にもっと相応しい所に行くんだ」
「あゝ、『華正樓』だな。さすが、ボクの友人だ」
「え、え?『火星(カセイ)』?何を寝ボケているんだ」
「『カセイ』ではない。『カセイロウ』だ。中華料理店だ」
「さっき、『Eggs'n Things』で満腹になったばかりだろうが」
「いや、そういう問題ではないだろう。裕さんだよ。惚けるなよ、分ってるんだろ」
「ええい、面倒臭い奴だなあ。何を勘違いしているんだ」
「石原裕次郎御用達の中華料理店だ。その『華正樓』に連れて行ってくれるのではないのか?確か、『華正樓』は『長谷』にあったはずだが」
「石原裕次郎だとか、石原プロのことが心配だ、とか云いながら、結局は、石原プロに入らないくせに」
「むむう……あと三年は、今の会社で働かないといけないからなあ」
当時(2016年)、エヴァンジェリスト氏はまだ、石原プロ入りが噂されていた。
「おいおい、まだ仕事のことを考えているのか!君は今日、どうしてここに来ているんだ?」
「うん…治療だ。治療の為だ」
「そうだ。君は、『仕事依存症』だ。仕事のことを頭から消すんだ」
「ああ」
「産業医から、歩くように云われたんだろう?」
「熊野古道でも歩けば、と云われた」
「おお、熊野古道か」
「熊野古道は嫌だ」
二人は、狭い歩道を並んで歩いていた。
(続く)
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