2020年8月19日水曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その89]






「違うの、アタシ」

と、『みさを』は、顔も体も、ビエール・トンミー氏から背けるようにして、そう云った。鎌倉文学館の玄関に向かう途中にある『招鶴洞(しょうかくどう)』というトンネル、いや、『洞(うつお)』に入りながら、ビエール・トンミー氏は、『みさを』のその言葉を思い出していた。

「ごめん…」

と云って、その時、ビエール・トンミー氏は、『招鶴洞』の中で『みさを』の肩に回した手を引っ込めたのだった。

「アタシの方こそ、ごめんなさい」

『みさを』が顔を伏せていたので、眼が潤んでいることに、ビエール・トンミー氏は、気付かなかった。

「いや、失敬!」

と云って、引っ込めた手の持って行き場がなく、しばらくその手で何か踊るような仕草をした後、今度はその手で、自らの腰を軽く、幾度か打って、

「ははは、ボクってダメだ、こんなことしようとして。ああ、ホント、ダメな男だあ。ははは」

と引き攣り笑いをした。

「違うの、アタシ」

と云った『みさを』の言葉の意味を理解していなかった。

「(ああ、ボクは汚れている。彼女は、まだこんなに無垢なのに…)」

と真逆の理解をしていたのだ。しかし、その真逆の理解は、更に180度回って、『みさを』という女性の本質を捉えていたのかもしれないことは、その時のビエール・トンミー氏には、分ろうはすはなかった。




(続く)



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