2020年8月1日土曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その74]






「ある日、親から電話があり、土日で広島に帰って来い、と云ってきたんだ」

江ノ電『長谷』駅を出て北上する狭い歩道で立ち止まり、エヴァンジェリスト氏は、自らの坐禅体験を語り始めた。

「何故、土日なんだ。いや、そもそも何で、帰って来い、なんだ?」

ビエール・トンミー氏は、友人の座禅体験に興味はなかったが、一応、訊いた。

「ドイツ人を、広島の実家にホームステイさせることにしたというんだ」
「ええ?君のお父さんやお母さんは、ドイツ語ができたのか?」
「いや、広島弁しかできんかった」

エヴァンジェリスト氏の言葉が、いきなり広島弁になった。

「母親は、神戸で生まれて、戦災で焼けだされた二十歳まで神戸で育ったんじゃけど、関西弁はもう喋れなくなっとるはずじゃ。母親の関西弁は聞いたことがないけえ」
「わざとらしい広島弁は止めろ。それに、広島弁も関西弁もどうでもいい。要するに、お父さんもお母さんもドイツ語はできなかったんだな」
「いや、それだけじゃないでえ。同居しとった長男夫婦も、広島弁しかできん」
「ああ、92歳で要介護のお父さんを見捨て、独り残して家を出て行ったお兄さんだな」




「他人の家の事情をよう知っとるのお」
「君が自慢げに話したんだろうが。普通、自慢げに話す内容ではないのに」
「ただ出て行ったんじゃないで。弟たちに、後はお前らで面倒見ろとも何とも連絡もなかったんじゃけえ」
「そのことも何度も聞いた。兄さんにも言い分はあるだろうが。まあ、要するに、その頃、君の実家では、誰もドイツ語は話せなかったんだな。英語もか?」
「広島弁しか話せん云うたじゃろうが」
「ホームステイで来るドイツ人は、英語は話せたのか?君だって、フランス語だって『ディクテ』はできないし、ドイツ語は全くダメだろ。だが、英語はまあ、できるだろうから、君に帰って来い、となったんだな」




「まあ、そういうことだ」
「しかし、どうして、君の実家にドイツ人がホームステイで来ることになったんだ?」
「母親が、教育関係の仕事しとったけえよ」
「ああ…だが、ドイツ人のホームステイが、坐禅と何の関係があるんだ?」


(続く)



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