(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その83]の続き)
「一回、火事になって、1910年だから、明治43年にだな、今の洋風な建物にしたんだ。竹中工務店が建てたんだ」
鎌倉文学館の玄関に向かう、樹木に覆われた石畳の坂道で、ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏に鎌倉文学館について解説した。
「君って、本当に博識だなあ。『歩くWikipedia』と云ってもいい」
それは、エヴァンジェリスト氏の素直な感想であった。ビエール・トンミー氏は、関心を持つ分野が広いだけではなく、その分野についての知識習得に貪欲で、且つ、得た知識が記憶から消えないのだ。
「佐藤栄作が、別荘として使っていたこともあるんだぞ」
ビエール・トンミー氏は、解説を続ける。
「この自然に覆われた雰囲気の中で君の解説かあ…女の子は、イチコロだな」
「え?」
ビエール・トンミー氏が、解説を止め、歩みも止めた。
「デートにはぴったりだな、ここは。他人もいないし……ふふ」
「このスケベ爺い。文学に対する冒涜だぞ」
と云いながらも、ビエール・トンミー氏は、己の胸に痛みを感じ、右手を心臓の部分に当てた。
「(ああ……ボクは、汚い!)」
右肩に『みさを』の頭の感触が蘇った。『みさを』とこの道を歩いた時、腕を組んできた彼女は、そのまま頭をビエール・トンミー氏の肩に預けて来たのだ。
「(んぐっ!)」
自らの体の『反応』が、『みさを』との時のものであったのか、今のものであるのか、判然としない。
「(ああ、そうだ。ボクも思ったんだ。『他に人はいないし』と)」
(続く)
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