(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その90]の続き)
「おっ!どうした!?近い、近い、近いぞ!」
と、エヴァンジェリスト氏が、身を引きながら、両手をクロスさせ、顔を防御した。鎌倉文学館の玄関横に掲げれられていた表札のようなに書かれた文字を判読できず、ビエール・トンミー氏に聞こうと、振り向いたところ、友人の顔が間近に迫っていたのだ。
「まさか、またボクにキスでもしようとしたんじゃあるまいな」
「バ、バ、馬鹿云うな!か、か、確認しようとしたんだ、その文字を」
「まあ、そりゃそうだな。皆実高校の美少年の双璧と呼ばれたボクたちだが、いくら相手が美しかろうと、ボクは勿論、君もソッチの傾向はなかったものな」
「ああ、これはなあ。『長楽山荘』だ」
表札のようなものに書かれた文字が、筆書体であった為、『長』という字が、『毛』のように見えなくはなかったのだ。
「おお、さすが、博識大先生だなあ」
「やめろ、そのイヤラシイ云い方は」
「君は、イヤラシイじゃないか」
「ああ、ボクはイヤラシイ男だが、そのイヤラシイを云ってるんじゃあない」
「しかし、何故、『長楽山荘』なんだ?ここは、鎌倉文学館ではなかったのか?まさか、君は、ボクを騙して山荘に連れ込もうとしているのか?」
「ああ、ここにはなあ、昔、そう、鎌倉時代だ、『長楽寺』というお寺があったんだ。前田家の別邸は、元々は、『聴涛山荘(ちょうとうさんそう)』という名前だったんだが、関東大震災で倒壊して再建した時に、『長楽山荘』という名前にしたんだ」
『みさを』と鎌倉文学館に来るにあたり、事前に調べておいた知識をまだ覚えていた。
「いやあ、君の博識には、本当に惚れ惚れするなあ。君の解説を聞いていると、ついつい、『この人になら唇を奪われてもいい』と思ってしまいそうだ」
「ああ、もういい加減にしろ。いいから入るぞ」
と云うと、ビエール・トンミー氏は、鎌倉文学館の玄関に入って行った。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿