(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その86]の続き)
「君ともあろう者が、『鎌倉アカデミア』を知らないのか」
エヴァンジェリスト氏が、口を開け放したまま、首を少し右に傾け、友人のビエール・トンミー氏を批判した。二人は、鎌倉文学館に向かう樹木に覆われた石畳の坂道を上っていた。
「『鎌倉アカデミア』は、まあ、一種の大学みたいなもんだな」
仕方ないという気持ちを露わに、エヴァンジェリスト氏が、解説する。
「なんだ、その一種の大学みたいなものって?」
博識がウリのビエール・トンミー氏の顔は、屈辱に満ちていた。
「資金不足で大学の認可を受けることはできなかったが、自由な気風の大学にしようとしていたんだ。結局、資金難から4年余りで廃校となったそうだが、錚々たる人たちが学生だったらしい。『いずみたく』とか『前田武彦』、『鈴木清順』、『高松英郎』、『左幸子』なんかがいたんだ。あ、そうだ、『松木ひろし』も『鎌倉アカデミア』の学生だったんだ」
「は?誰だ、『松木ひろし』って?」
「おお、君っていう男は、『松木ひろし』を知らんのかあ。テレビドラマの『あいつと私』とか『ある日わたしは』なんかの脚本を書いた人だ」
「ああ、石坂洋次郎のやつだな、君がご執心だった」
「お、どうして知っているんだ?」
二人は、券売所で入館券を購入し、再び、坂道を上り始めた。
「君は、『松木ひろし』を知らんのに、『あいつと私』とか『ある日わたしは』のことは、どうして知っているんだ?」
エヴァンジェリスト氏が、屈辱に満ちた顔から、いつもの自身に満ちた顔に戻った友人に質問を重ねた。
「ふふ、中学生の君は、『あいつと私』とか『ある日わたしは』を見て、『んぐっ!』しまくっていたんだ」
「ううっ…えい!構わんではないか。中学生なんてそんなものではないか!」
「しかし、君は、その『んぐっ!』を抑えきれなくなって、そう、『パルファン』子さんだったかな、彼女に、『んぐっぐっーっ!』となって、後をつけて、『ボクと付き合ってくれないか?!』と、告ったんだ。このスケベ少年めが!」
「どうしてそこまで知ってる!?他人の心の中に、まさに土足で踏み込みやがって!」
「ふん!僕だけじゃないぞ。世界中が知っていることだ。石坂洋次郎に、君は『性』を目覚めさせてもらったと思っていたが、実際には、そうか、『鎌倉アカデミア』の松木…なんだったかな、ヒトシか、いや、ヒロシか、そいつに『んぐっ!』させられたんだな。スケベ・ミドリチュー生よ」
罵り合うこの二人の老人を見る人がいたら、二人が友だち同士とは思わず、その坂道で殺傷事件でも起きるのではないか、と思ったかもしれない。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿