(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その85]の続き)
「前田家の別邸が、何故、今、文学館なんだ?」
鎌倉文学館の玄関に向かう、樹木に覆われた石畳の坂道を再び、上りながら、エヴァンジェリスト氏が、ビエール・トンミー氏に訊いた。
「ああ、前田家の別邸が、今の鎌倉文学館になったのは、1985年、つまり昭和65年だ。鎌倉市が、寄贈を受けたのだ。国の登録有形文化財にもなっている」
ビエール・トンミー氏は、解説を続ける。知識が、彼の頭の中に留まっておられず、口から溢れ出てくるようであった。
「どうして前田家は、鎌倉市に寄贈なんかしたんだ?ボクに寄贈してくれれば良かったのに。1985年というと、丁度、息子が生まれた年だ。ボクに寄贈してくれれば、当時住んでいた賃貸マンションより広いここに引っ越したのに」
「うーむ。どうして鎌倉市に寄贈したかは、本当のところは知らんが、維持管理が大変だったのではないのかなあ。そこのところを解説したものを知らないんだ」
「じゃ、鎌倉市は、何故、文学館にしたのだ?」
「それは、鎌倉には、ゆかりにある文士が多かったからだろう」
「へええ、そうなのか。どんな文士だ?」
「本当に知らないのか?君は、文学部だったんだろ。それも修士なんだろ」
「だから、云っただろ。別に、文学が好きだった訳ではない」
「川端康成、夏目漱石、芥川龍之介、与謝野晶子とか、他にも一杯いるぞ」
「ふーん、そうなんだあ…ボクはなあ、如何にも『文士』という輩が好きではないんだ」
「川端康成、夏目漱石、芥川龍之介のことを云うに、『文士』の輩、はないだろうに」
「あ、『鎌倉アカデミア』なら知っているぞ」
「え?何だ、『鎌倉アカデミア』って?」
「山口瞳だ。そして、奥様の治子さんだ。吉野秀雄も教えていた」
「吉野秀雄は知らんが、山口瞳は、週刊新潮の『男性自身』だな」
「そうだ。だが、間違っても、『アノ』の『男性自身』ではないからな」
「君は、なんでもソッチの方向に話を持っていくなあ。君は、山口瞳の愛読者だっただろうに、失礼じゃないか」
「ああ、娘が生まれた時には、奥様から花のプレゼントをもらった」
「で、要するに、何なんだ、『鎌倉アカデミア』って?」
(続く)
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