2021年12月31日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その94]

 


「外国のやり方で国際結婚をするにはだなあ...」


と、『少年』の父親は、牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中で、息子に向け、国際結婚の方法論の説明を続けた。


「先ず、外国のやり方で結婚をし、その後に、日本の役所か大使館・領事館に結婚した証明書を出さないといけないんだ」


広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、『少年』の理解を得た。しかし、『少年』は、『シーボルト』は、要するに、日本の女性とどう結婚したのか、という質問に立ち戻ってきた為、『少年』の父親は、そもそも国際結婚は今でも容易ではないことを説明していたのだ。


「外国のやり方、といっても、国によってそのやり方が違うんだよね」


『少年』は、まだ小学校を卒業したばかりで結婚にはまだ遠い年齢であったが、父親の説明を十分に理解していた。


「その通りだ。日本の役所か大使館・領事館には、結婚した証明書の他にも、自分の、つまり日本人の戸籍謄本と、相手の外国人の出生証明書と国籍証明書も出さないといけないんだ。この場合も勿論、日本語訳を付けないといけないし、誰が翻訳したかも明らかにしておかないといけないんだ。国籍証明書は、パシポートでもいいし、結婚した証明書に国籍の記載があればなくていいんだけどな」


と、『少年』の父親が、日本人の取っ手の現代での国際結婚の仕方について説明を終えた時、


「あら、お父さんって、国際結婚に随分、詳しいのねえ。国際結婚することを考えたことでもあったのかしら?


と、『少年』の母親が、夫に向け、含みいっぱいの言葉を投げた。


「え?」

「そう云えば、義母様にお聞きしたことがあったわ。『息子は、ドイツからの留学生の女の子の面倒をよくみてあげていたのよ』って」

「へ?」

「確か、『メルセデス』っていったかしら、そのドイツからの留学生」

「う、あ...『メルセデス』は、北斎の研究に来たんだ。それだけだ」




「『それだけ』って?」


良妻賢母を絵にしたといっても過言ではない『少年』の母親が、その時は、『女』の表情を見せていた。


「要するに、今でも国際結婚は難しいのに、まだ外国の法律事情もよく分っていなかった『シーボルト』の時代に、国際結婚は、もっともっと難しかった、ということなんでしょ?」


という『少年』の言葉に、『少年』の父親は、妻の質問、というか疑念、疑惑に向かわず、息子の方に顔を向けた時、普段は仲のいい父親と母親との間に、珍しく微かな冷風が流れたことを感じ、戸惑いの表情を浮かべた『少年』の妹に向けて、


「君は、『陽子』なのか『洋子』なのか?」


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声が、再び、呟いた。



(続く)




2021年12月30日木曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その93]

 


え?!『キャップ』?」


『少年』とその家族がいた、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)で信号待ちしていた『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の母親が、反応した。側に立ち、信号待ちしていた20歳代後半と思しき女性の声に反応し、道路の反対側に眼を遣ったのだ。


「あ、『キャップ』が!」


当時、人気番組となっていたテレビ・ドラマ『ザ・ガードマン』の『キャップ』こと『高倉隊長』、つまり、宇津井健に似た『少年』の父親が、バス停へと向い、去って行こうとしていたのである。


「ええ、『キャップ』?!」


バス停に向う『少年』の父親を、『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の母親も、眼で追った。


「あ、『星由里子』が!」


バス停に向う『少年』の母親を、『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の父親が、眼で追った。


「あ、『トニー』が!」


バス停に向う『少年』を、『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女が、眼で追った。


しかし、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)から、自分たちがそのような眼で追われていることも知らず、『少年』とその家族は、牛田方面に向う『青バス』(広電バス)に乗り込んだ。


そして、席に着くと、『少年』の父親は、『シーボルト』は、日本の女性とどう結婚したのか、という『少年』の質問そのものの答えず、


「国際結婚って、今でも手続きは易しくはないんだよ」


と、またまた回答の前提となることから話し始めた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、『少年』の理解を得たところで、『少年』は、『シーボルト』は、要するに、日本の女性とどう結婚したのか、という質問に立ち戻っていたのであった。


「だって、法律や制度が違う国の人と結婚するんだからな。しかも、一口に外国といっても、いろいろな国があり、国毎に、法律も制度も違っているんだ。それでも、今は、それぞれの国にどんな法律があったり制度があったりするかは分っているけど、江戸時代はそうではなかっただろうからね

「それに、『シーボルト』って、オランダ人のふりをしていたけど、本当はドイツ人だったんだものね」

「今、国際結婚するとしても、大きく2通りのやり方があるんだよ」

「そうかあ。日本と相手の人の国と2つの国が関係しているからだね」


一を聞いて十を知る『少年』であった。




「そうだ。日本のやり方に従う方法と相手の人の国のやり方に従う方法との2つのやり方だ。日本で、日本の役所に婚姻届を出して、その後に、相手の人の国の大使館や領事館に、結婚したという証明書を出すんだ。ただ、日本の役所に婚姻届を出す際には、日本人は、本籍地以外で届を出す場合には、戸籍謄本も必要なんだが、相手の外国人は、『婚姻要件具備証明書』や『国籍証明書』、『出生証明書』を出さないといけなんだ。それぞれ日本語訳もつけないといけないんだ。しかも、誰が翻訳したかも明らかにしておかないといけないんだ」


と、『少年』の父親は、また手帳を取り出して開き、そこに、自身のモンブランの万年筆で、『婚姻要件具備証明書』と書いた。


「『婚姻要件具備証明書』というのは、その人が、独身であり、年齢等、その国の法律からして結婚しても問題がないことを証明する書類だ」

「ああ、そりゃそうだよね」

「でもな、『婚姻要件具備証明書』を出していない国もあるんだ。韓国なんかそうらしい。その場合には、『宣誓書』とか『申述書』を出すんだ。自分が結婚することに問題がないとする書類だ」

「そうかあ、相手の人の国によって出す書類、出せる書類が変ってくるんだね」

「相手の人の国によって変るのは、日本のやり方で結婚したという証明書もそうだし、それをどこに出すかもそうなんだ」

「世界には沢山の国があるから、書類も出すところも色々とあるんだろうね」

「日本のやり方に従う方法で結婚するだけでもそうなんだが…」


と、『少年』の父親が、『青バス』(広電バス)の中で、国際結婚の方法論を息子に説明している時、バスの後方席から、ある視線が、『少年』の妹の瞳を突き刺していた。


「『ヨウコ』ちゃん…」


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声であった。



(続く)



2021年12月29日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その92]



「『シーボルト』は、日本人の女性と結婚するのに、『所請状之事』と『離旦證文』を出さなかったの?」


と、『少年』は、江戸時代に結婚する際に必要とされた『所請状之事』と『離旦證文』との内容について理解したことで、本来の疑問に立ち戻ったのであった。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、『檀家』と『門徒』との違いをも説明し、ようやく結婚の際に必要となった書類の説明を終えたところであった。


「あ、いや….『所請状之事』は、『庄屋』が出すもので、『離旦證文』は、お寺が出すもなんだった。あれ?」


と、『少年』は、現代の結婚は、結婚当事者が結婚の届を出すが、江戸時代はそうではなかったことに思い至ったが、問題の根本はそこにないことも直ぐに理解し、父親に別の質問を投げかけた。


「『シーボルト』って、『宗門人別帳』に名前があったの?」

「オランダ人、いや、本当はドイツ人だけど、まあ、日本じゃないから『宗門人別帳』に名前があるはずがない」

「じゃあ、オランダかドイツの『宗門人別帳』のようなものに、結婚した女の人の名前を書いてもらうことになったの?」

「『宗門人別帳』って、説明したように、今でいう戸籍簿みたいなものだろ。でも、オランダには、日本のような戸籍制度はないんだ。オランダだけではなく、欧米には戸籍制度はないんだ。日本の戸籍制度のようなものがあるのは、中国や台湾、韓国だけなんだよ」


韓国では、戸籍制度は2005年に廃止されているが、当時(1967年)は、『少年』の父親の説明通り、まだ戸籍制度があったのである。


「ええ、そうなの!」

「尤も、ドイツには、『家族簿』という家族単位での身分登録制度があるようなんだが、これは、ナチス・ドイツ時代に作られたものだから、『シーボルト』の頃にはなかったことになる」

「お寺が出す『離旦證文』もなかったんだろうね」

「そうだな。ただ、ヨーロッパでも、むか~しなんだが、『教会簿』という教会が管理する身分登録制度があったようなんだ。でも、キリスト教が分裂していってその制度を続けることが困難になって、身分登録はお役所がするようになったらしい」

「ふううん。どこの国でも、昔は、宗教が生活に深く関っていたんだね。ヨーロッパは主にキリスト教だったんだろうけど。...あ!そうかあ、『シーボルト』もキリスト教徒だったんだろうね。でも、『離旦證文』って、仏教関係だろうから、『シーボルト』は、『離旦證文』とも関係ないんだね。じゃあ、『シーボルト』は、日本の女性とどう結婚したの?




と、『少年』は、派生に派生を重ねる父親の説明に、自らの疑問の道筋を見失うことがないことを示した時、


「お父さんもビエ君もいい加減にして」


と、『少年』の母親が、『少年』と父親の会話に割って入った。


「もうそこにバスが来てるわ。ウチに帰りましょ」


と、バス停に向かって、『少年』の妹と歩き始めた。


「ああ、すまない。ビエール、まずはバスに乗ろう」


と、『少年』の父親は、『まずは』という言葉で、説明を中途では終えない、という意思を息子に示し、息子と共に、妻と娘の後を追った。


その様子を見た、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)で信号待ちする20歳代後半と思しき女性が、


「『キャップ』!」


と、思わず声を上げた。少年』の父親を、当時、人気番組となっていたテレビ・ドラマ『ザ・ガードマン』の『キャップ』こと『高倉隊長』、つまり、宇津井健と見間違うたあの女性である。



(続く)




2021年12月28日火曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その91]

 


「『檀家』というのは、『家』という文字が入っている通り、『家』単位のものなんだが、浄土真宗では、『家』よりも『個人』の方を尊重しているからとも云われるようなんだけどな」


と、『少年』の父親は、浄土真宗では、何故、『檀家』と云わず『門徒』というのかと云う説明に入り始めた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、『檀家』と『門徒』との違いを説明しようとしていたのだ。


「じゃあ、『檀家』じゃなくって、『檀那(旦那)』という言葉を使えばいいんじゃないの?」

「『檀那(旦那)』でも駄目だろうと思う。というのは、『家』という言葉に問題があるというよりも、『檀那(旦那)』という言葉そのものに問題があるんだろうと思う」

「『門徒』の方が、個人を意味している感じがするからなの?」

「まあ、その要素もなくはないかもしれないが、先ず、『門徒』って、大雑把に云うと、元々は、同じ宗派の人のことをいうもので、浄土真宗だけの言葉ではないんだ」

「でも、他の宗派では、『檀家』の意味で『門徒』とは云わないんでしょう?」

「『門徒』は、本来は、それぞれの宗派の僧侶のことを指していたようなんだが、浄土真宗では、普通の信者にも使うようになったんだ。そこが大事なところなんだ」

「でも、だからって『檀家』ではダメとはならないと思う」

「いやな、『檀家』って、『ダーナ』だろ。『ダーナ』は与える人なんだ。つまり、『檀家』は、お寺にお金を与えて支援するというニュアンスがあるんだ」

「それがいけないの?」

「浄土真宗では、お坊さんと普通の信者を、支援する方と支援される方とに分けるのではなく、同じ信仰を持つ一つの共同体と捉えるんだと思う。だから、『檀家』ではなく、同じ信仰を持つ『門徒』という言葉を使うんだろうなあ」

「ああ、そういうことなんだね。江戸時代の結婚で必要だった『離旦證文』って、要するに、『檀家』と『門徒』との言葉の違いはあっても、結婚することで属するお寺を別の寺に移すという書類なんだね」

「そうだ。その通りだ。『離旦證文』は、そういうことで、お寺が出す書類だ」

「でも…」


と、『少年』が、浄土真宗では『檀家』と云わず『門徒』ということに納得し、『離旦證文』の意味を理解はしたものの、まだ納得できていないことを口にしようとした時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の父親が、娘から、父親と母親とはどうやって自分を作ったのかと訊かれ、


「….そりゃ、あれよお……」


と、口淀んだ。


「あれよお、いうんは何なん?」


少女は曖昧を許さない。


「あれよお、お父ちゃんとお母ちゃんが愛し合うとるけえ、できたんよ」


と、父親が顔を赤らめると、




「アンタあ、何云うんね!そりゃ、まあ....アンタあ、エエ男じゃったよねえ」


母親も、そう云って、顔を赤らめた。


「お前こそ、可愛かったでえ」



(続く)



2021年12月27日月曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その90]

 


『檀家』は、『檀那(旦那)』と同じもので、『サンスクリット語』を元にして、袈裟やお金をお坊さんに与えることから来た言葉ってことは判ったけど」


と、聡明な『少年』は、まだ疑問点が解消されていないことを忘れず、そう云い始めた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、『檀家』と『門徒』の説明となった。そして、その説明は、更に、『檀家』が『サンスクリット語』に由来すること今で及び、少年はそのことを理解はしたのではあったが…


「どうして、浄土真宗では、『檀家』とは云わないの?」


『檀家』は、『檀那(旦那)』(ダンナ)であり、袈裟やお金をお坊さんに与えること(人)であるという説明では、浄土真宗では、『檀家』という言葉を使わない説明にはなっていなかったのだ。


「浄土真宗では、お布施はないの?」

「浄土真宗だって、お布施はあるさ」

「じゃあ、浄土真宗のお寺には、そこに属する信者はいないの?いや、いたんだよね。『檀家』じゃなくって、『門徒』というんだったね。どうして、『檀家』ではなく『門徒』なの、浄土真宗では?」

「それはな、まさに、『檀家』が意味するものに関係あるんだ」

「『ダーナ』でしょ。『与える』ということでしょ。浄土真宗の『門徒』も『与える』んでしょ、お寺に?」

「問題は、まさにそこなんだよ」

「え?ええ??」


『少年』は、父親の矛盾するとしか思えない説明に、美少年らしからず、口を開けたままにした時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女が、


「ウチを作ったんは、お父ちゃんとお母ちゃんよねえ?」


と云って、父親を上目遣いに見た。アトムの育ての親である『お茶の水博士』が、アトムに両親になるロボットを作ってやったということを批判する父親に向け、含みのある云うい方であった。


「おお、そうでえ。それがどしたんや?」




「どうやって作ったん?」

「…..っ….!」



(続く)




2021年12月26日日曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その89]

 


「袈裟も、元は、『梵語』、つまり、『サンスクリット語』の『カシャーヤ』 という言葉なんだ」


と、説明はしたものの、さすがの『少年』の父親も、『カシャーヤ』を、『梵字」、つまり『サンスクリット語』で書くことはできなかった。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、その時は、『檀家』と『門徒』の説明となっていた。そして、その説明は、更に、『檀家』の言葉の由来として、『サンスクリット語』について語っていた。


「『カーシャーヤ』 は、本来は、『壊色』(えしき)という汚く濁った色、というか、『汚れた』という形容詞だったようなんだ」


と、少年』の父親は、今度は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『壊色』と書いた。


「袈裟は、財産を捨てて仏教の修行をするお坊さんが身に纏うものだから、華やかな原色ではなくて、着る物への執着がないよう『壊色』(えしき)にしたんだそうだ」

「その袈裟の布をお坊さんに差し上げるのが、『檀家』で、それはつまり『檀那』で、それも、袈裟と同じように、『サンスクリット語』の『ダーナ』から来ている言葉なんだったね。その『ダーナ』ってどういう意味なの?」


『少年』は、父親がどれだけ話を派生させていこうと、元々の問題を忘れない。


「『ダーナ』は、『サンスクリット語』で『与える』という意味なんだ。この『ダーナ』は、フランス語や英語にもなっているんだ」

「ええ?『ダンナ』が、フランス語や英語に?」

「いや、別に『檀那(旦那)』が、フランス語や英語になった訳ではなく、『檀那(旦那)』と同じように、『サンスクリット語』を語源とする言葉が、フランス語や英語にある、ということなんだ。フランス語に、『donner』(ドネ)という言葉あるんだが」


と、少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『donner』と書いた。


「これは、『与える』という意味なんだ」

「ああ!」

「英語には、『donation』(ドネイション)という言葉がある。これは、名詞で、動詞では『donate』(度ネイト)で、それぞれ『寄付』、『寄付する』という意味だ」


と、少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、今度は、『donation』『donate』と書いた。




「まさに、『サンスクリット語』の『ダーナ』だね!そして、『ダンナ』も、袈裟やお金をお坊さんに与える、というか、差し上げる人のことで、『donner』(ドネ)や『donation』(ドネイション)と同じような意味なんだね。でもお……


と、『少年』が、『檀那(旦那)』の語源を理解するに至りはしたものの、まだ、納得しきれていない様子を見せた時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の父親が、


「はああん?育ての親が、実の親を作ったんか?子どもより、親の方が後から生まれたんか???」


と、大人気なく、娘にくってかかった。アトムの育ての親である『お茶の水博士』が、アトムに両親になるロボットを作ってやった、ということは、理屈に合わないと父親は主張したのだ。


「はああん!?アトムは、ロボットなんよ!」


少女も負けじと父親に牙をむいた。


「それがどしたんなら」

「ロボットの世界は、人間の世界とは違うんよ!」

「どう違う云うんなら?」

「ウチにそれ云わすんね?」



(続く)




2021年12月25日土曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その88]

 


「ああ、『ボンゴ』と聞いて、クルマのことと思ったのか?」


と、『少年』の父親は、息子の戸惑いの表情を読み取って訊いた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、その時は、『檀家』と『門徒』の説明となっていた。そして、その説明は、更に、『檀家』の言葉の由来にまで展開していっていたのだ。


「確かに、最近、ここ広島の東洋工業が『ボンゴ』ってクルマを売り出して評判になっているからな」


と、『少年』の父親が持ち出した東洋工業(今のマツダである)が前年(1966年)に販売開始をした『ボンゴ』は、今でいう『ワンボックスカー』で、当時としては目新しいタイプのクルマであった。その為、『ワンボックスカー』という言葉がなかったその時代(1960年代である)、『ボンゴ』が『ワンボックスカー』の代名詞となっていたものである。


「ああ、箱みたいな四角なクルマのこと?」

「そうだ。東洋工業の『ボンゴ』って、実は、アフリカにいるウシ科の動物に由来しているそうなんだ。しっかりした体の動物だから、それに因んだようだ」




「まさか、『サンスクリット語』の『ボンゴ』というのも、そのウシ科の動物から来ているの?」

「いや、そうではないんだ。『サンスクリット語』の『梵語』(ぼんご)って、こう書くんだ」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『梵語』と書いた。


「へええ、『梵語』ってこう書くの。こんな漢字、初めて見た」

「先ず、『サンスクリット語』というのは、古代のインドあたりの文語なんだ。文語って知ってるだろ?話し言葉ではなく、文章で使われる言葉、書き言葉だな」

「ふうん、昔のインドの書き言葉だったの」

「『梵語』の『梵』って、インド哲学の言葉『ブラフマン』というものがあって、それを中国の言葉に訳したものでな、『宇宙の最高原理』なんだ。その原理を神格化した『ブラフマー神』で、中国の言葉に訳すと『梵天』で」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『梵天』と書きながら説明した。


「その『梵天』が作った言葉とされるのが、『サンスクリット語』だから、『サンスクリット語』を『梵語』と書くんだ。『梵』は、インドとか仏教に関する物事に付く言葉なんだ


と、『少年』の父親が、『サンスクリット語』の説明をしている時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女が、


「アトムの生みの親は、『お茶の水博士』じゃのうて、『天馬博士』よねえ。『天馬博士』は、通事故で死んだ自分の子どもの『飛雄』(トビオ)に似せてアトムを作ったんよ。じゃけえ、アトムは、最初、『トビオ』いう名前じゃったんよ」


と云って、父親に向け、やや軽蔑の表情を見せた。


「じゃあ、『お茶の水博士』は、アトムの何なんや?」

「アトムが成長しないことに気付いた『天馬博士』が、アトムをサーカスに売ったんよ」

「はああ?そりゃ、ロボットじゃけえ、成長する訳ないじゃろうに。アトムみたいなロボットを作れるような優秀な科学者が、何でや?」

「『トビオ』を自分の子どもみたいに思うとって、その思いが強すぎて、当り前のことが分らんようになったんじゃないんかねえ」

「ほうかあ。まあ、分らんでもないがのお。で、『お茶の水博士』は、アトムが売られたサーカスの経営者じゃったんか?」

「違うよねえ。アトムは、サーカス団で、『アトム』いう名前にはなったんじゃけど、『お茶の水博士』が、サーカスでアトムを見て、凄いロボットじゃあ思うて、引き取って、親代わりになったんよ」

「育ての親じゃの」

「『お茶の水博士』は、アトムに、両親になるロボットも作ってあげたんよ



(続く)




2021年12月24日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その87]

 


「『ダンナ』って、『半次』が『月影兵庫』をそう呼んでるよね」


と、『少年』が、父親から『ダンナ』という言葉を知っているか、と訊かれ、当時、人気のあった時代劇『素浪人 月影兵庫』の登場人物を挙げた。素浪人である主人公『月影兵庫』を、旅の供をする渡世人『半次』は、確かに『ダンナ』と呼んでいたのである。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、その時は、『檀家』と『門徒』の説明となっていた。


「ああ、その『ダンナ』は、こう書くんだ」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『旦那』と書いた。


「でも、『旦那』は実は、こうも書くんだ」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、今度は、『檀那』と書いた。


「ええ!?それって、『檀家』の『檀』だね」

「そうだ。だが、『檀那』の『檀』は、『檀家』の『檀』だ。というよりも、『檀那』と『檀家』って同じ意味の言葉なんだ」

「え?....『半次』って、調子者でおっちょこちょいで、信仰心が厚いようには見えなかったけど。あ、そうか、『ダンナ』は、『半次』じゃなくって、『月影兵庫』の方だ。んん…でも、『月影兵庫』も、剣の達人で強いけど、なんかお行儀悪くて、やっぱり信仰心がありそうじゃないけど」




「『ダンナ』(旦那)は、今では『主人』(あるじ)だったり、『夫』を意味するが、『ダンナ』は実は、『サンスクリット語』の『ダーナ』から来ているんだ」

「『サンスクリット語』?」

「ああ、『サンスクリット語』は、『サンスクリット』だけで本当は言語を意味するんだが、一般には『サンスクリット語』と呼ばれるようになっていて、『梵語』(ぼんご)とも云われているんだ」

「『ボンゴ』?」


と、『少年』が、何か思い当たるものがあるようなないような表情を見せた時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の父親が、


「『お茶の水博士』いうたら、アトムの生みの親の偉い先生じゃろう。その博士に似とるワシは、大したもんじゃのう」


と、強がって見せた。しかし、


「お父ちゃん、何にも知らんのじゃねえ。『鉄腕アトム』を作ったんは、『お茶の水博士』じゃないんよ」


と、少女が、父親の自負に水を浴びせた。


「へ?誰が、アトムを作ったんならあ?『お茶の水博士』は、アトムの何なんや?」


少女の父親は、当然ながら、もう大人で、漫画の『鉄腕アトム』もテレビ・アニメの『鉄腕アトム』もちゃんと見たことがなかったのだ。



(続く)




2021年12月23日木曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その86]

 


「『檀家』は、浄土真宗では『門徒』と呼ぶし、浄土宗では『信徒』と呼ぶんだが…」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、今度は、『門徒』、『信徒』と書いた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出していた。


「ウチは、日蓮宗だから、『檀家』という云い方をするが、広島は、『安芸門徒』という云い方がある程、浄土真宗の家が多いんだ。広島は、今日、話したように『安芸(藝)の国』だからな

「浄土真宗では、どうして、『檀家』と云わず『門徒』と云うの?」


『少年』は、抱いた疑問をそのままとしない。


「うーむ、なかなかいい質問というか、難しい質問だなあ。浄土真宗では、どうして、『檀家』ではなく『門徒』なのかを理解するには、先ず、『檀家』というものを理解しないといけなんだ」

「『檀家』って、どこかのお寺の信者ってことなんじゃないの?」

「まあ、その通りなんだが」

「まあ?」

「間違いではないし、その通りといえば、その通りなんだが、ただそのお寺に属しているというよりも、その寺に『お布施』なんかを渡して経済的に支援する人、家のことをいうんだ。あ、『お布施』って、どうしてこう書くかというと」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、今度は、『お布施』と書いた


「お坊さんって、袈裟っていう布みたいなものを着ているだろう」

「ああ、あれね」




『お布施』は、元々は、その袈裟の布をお坊さんに差し上げる、という意味だったんだ。それが、布だけではなく、お金を渡すようになったのさ。要は、『檀家』って、お寺にお金を渡す信徒、そして、その家のことなんだ。それが、『檀家』という言葉に込められているんだ。『ダンナ』という言葉知っているだろ?」


と、『少年』の父親が、『少年」が予期せぬ質問をしてきた時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女が、


「お父ちゃんとお母ちゃんって、『三ばか大将』じゃのうて、『二ばか大将』じゃね」


と云って、両親に向けて、呆れたという表情を向けた。


「お母ちゃんは、女じゃし、『三ばか大将』じゃないけど、そうよねえ、お父ちゃんは、『三ばか大将』のハゲあがっとるあの男みたいじゃ」


と、母親が、娘に部分的に同調した。『三ばか大将』は、1960年代に放映されたアメリカのコメディ番組であった。


「ほうじゃ、『お茶の水博士』みたいじゃ、お父ちゃんは」



(続く)




2021年12月22日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その85]

 


「ああ、庄屋』が作成する『所請状之事』は、『人別送り状』ともいうもので、戸籍を移す書類だったようだ。『宗門人別帳』とか『宗門人別改帳』というものがあって、それはまあ、今でいえば戸籍簿みたいなもんなんだが」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『宗門人別帳』、『宗門人別改帳』と書いた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚で必要であった書類の説明を始めていた。


「『人別送り状』は、該当する人をそこから戸籍を抜くので、受けた方で『宗門人別帳』に加えて下さい、というものなんだ」

「へええ、昔から戸籍みたいなものがあったんだね。でも、『人別帳』なんて云い方、なんだか時代劇みたいな感じだね」


と、『少年』は、不思議の感を持ちながらも納得したといった風情で頷いた。


「そりゃ、そうだろう。江戸時代のことなんだから、まさに時代劇の時代のことさ」

「時代劇の時代って、本当に時代劇の中で出てくるような時代だったんだね」

「その時代に関連して大事なのは、『宗門』と云う言葉だ。『宗門』という言葉が付いているのは、キリスト教が禁止されていたからなんだ。『宗門人別帳』は、そこに書かれている人がキリスト教の信者ではなく、何々教の何々宗派だということを証明することも兼ねていたからなんだ」

「『宗門人別帳』というものが本当にあったと聞くと、その時代は、本当にキリスト教が禁じられていたんだなあ、と思う。今なら、とても考えられないことが、その時代にはあったんだね」

「『離旦證文』の方は、まさにその宗教に関わる種類でね、『離旦證文』の『離旦』は、こうも書くんだ」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『離檀』と書いた。


「この『離檀』の『檀』は、『檀家』の『檀』なんだ。『檀家』って知っているだろ?」


と、今度は、『少年』の父親が宗教に関わる説明までし始めた時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女のその母親が、


「アンタこそ、『青大将』みたいな顔しとるくせに」


と、『若大将』シリーズのマドンナ役で、すき焼き屋『田能久』の娘を演じる女優『星由里子』の名前を出して自分のことを貶してきたおっちに対抗して、『若大将』の敵役で『田中邦衛』演じる『青大将』を持ち出してきた。


「何、云いよるんならあ。ワシは、『若大将』の方じゃろうが」


と、少女の父親は、『田中邦衛』のように、ひょっとこのように口を突き出して、妻に文句を云った。




「はああ~ん?アンタあ、『青大将』じゃなかったら、『ばか大将』よおね」


と、妻は、怯まず、二の矢を放つ。



(続く)