2021年12月17日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その80]



「『シーボルト』は、自分のことを『山オランダ人』だと云ったのさ」


と、『少年』の父親は、妙な言葉を口にした。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、ドイツ人の医者ながらも、オランダ人として、日本に入国したことを説明したところ、『少年』は、『シーボルト』がオランダ語はできたのか、という疑問を抱き、『少年』の父親は、『シーボルト』が日本入国にあたり、日本側の通訳からオランダ語の発音が変だと怪しまれたのを変な理屈で誤魔化した、と説明していたのだ。


「え、『山オランダ人』?何、それ?」


『少年』は、聡明な父親の言葉らしくない妙な表現に、眉を顰めた。


「山岳地方に住むオランダ人とでもいう意味だろう。だから、オランダ語が訛っている、と云いたかった、というか、そういうことにして、自分はオランダ人だと誤魔化そうとしたようだ」

「でも、『ネーデルラント』は『低い国』なんでしょ?山なんてあるの?」

「なくはないようだ。『ファールゼルベルク』という山があって、『ネーデルラント』で一番高い山なんだ。ビエール、『霜降山』を覚えてるか?」

「え?『霜降山』?宇部の?」

「そうだ。『ネーデルラント』で一番高い山の『ファールゼルベルク』は、『霜降山』より少しだけ高い山なんだ」

「ええー!『霜降山』って、遠足で行くような山だよ」




「そうだ、『霜降山』は、標高250メートルくらいだったと思う。ファールゼルベルク』も、海抜300メートル少ししかないようなんだ」

「ええ!?海抜300メートル少ししかないの?あ、いや…『海抜』?『標高』じゃないの?」

「ああ、『海抜』と『標高』とは、厳密には違うんだ。『標高』は、東京湾の海面を基準にした高さなんだが、『海抜』は近隣の海面を基準にした高さだ。でも、日本では、全部ではないけど、殆どどこでも東京湾の海面を基準にした高さを使っているから、『海抜』と『標高』とは、実質的には同じと云っていいんだ。まあ、『海抜』にしろ『標高』にしろ、『ネーデルラント』で一番高い地点は、『霜降山』の頂上くらいのところ、ということなんだ


と、『少年』の父親が、息子の理解を得やすいように、オランダの山と前日まで住んでいた宇部市にある山とを比較している時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の隣で、


「広島にも、『キャップ』みたいに渋い男がおったんじゃねえ」


と、少女の母親が、横断歩道の反対側を見ながら、口を半開きにしたまま、そうため息をついた。


「え?」


少女とその両親のすぐ近くで、同じく信号待ちをいていた、手に『天満屋』の紙袋を持つ20歳代後半と思しき女性が、少女の母親の方に顔を向けた。


「(今、このお母さん、『キャップ』云うてじゃった)」


そう、横断歩道の反対側にいる『少年』の父親を、当時、人気番組となっていたテレビ・ドラマ『ザ・ガードマン』の『キャップ』こと『高倉隊長』、つまり、宇津井健と見間違うたあの女性である。


「(『キャップ』見とってじゃ)」


少女の母親も、自分と同じで横断歩道の反対側にいる『少年』の父親を凝視めていることを確認した。


「(でも、『キャップ』は渡さんけえ。それに、ご主人がおるじゃろうに)」


と、少女の父親を見たところ、父親も惚けた表情になっていた。



(続く)




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