2021年12月25日土曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その88]

 


「ああ、『ボンゴ』と聞いて、クルマのことと思ったのか?」


と、『少年』の父親は、息子の戸惑いの表情を読み取って訊いた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、その時は、『檀家』と『門徒』の説明となっていた。そして、その説明は、更に、『檀家』の言葉の由来にまで展開していっていたのだ。


「確かに、最近、ここ広島の東洋工業が『ボンゴ』ってクルマを売り出して評判になっているからな」


と、『少年』の父親が持ち出した東洋工業(今のマツダである)が前年(1966年)に販売開始をした『ボンゴ』は、今でいう『ワンボックスカー』で、当時としては目新しいタイプのクルマであった。その為、『ワンボックスカー』という言葉がなかったその時代(1960年代である)、『ボンゴ』が『ワンボックスカー』の代名詞となっていたものである。


「ああ、箱みたいな四角なクルマのこと?」

「そうだ。東洋工業の『ボンゴ』って、実は、アフリカにいるウシ科の動物に由来しているそうなんだ。しっかりした体の動物だから、それに因んだようだ」




「まさか、『サンスクリット語』の『ボンゴ』というのも、そのウシ科の動物から来ているの?」

「いや、そうではないんだ。『サンスクリット語』の『梵語』(ぼんご)って、こう書くんだ」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『梵語』と書いた。


「へええ、『梵語』ってこう書くの。こんな漢字、初めて見た」

「先ず、『サンスクリット語』というのは、古代のインドあたりの文語なんだ。文語って知ってるだろ?話し言葉ではなく、文章で使われる言葉、書き言葉だな」

「ふうん、昔のインドの書き言葉だったの」

「『梵語』の『梵』って、インド哲学の言葉『ブラフマン』というものがあって、それを中国の言葉に訳したものでな、『宇宙の最高原理』なんだ。その原理を神格化した『ブラフマー神』で、中国の言葉に訳すと『梵天』で」


と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『梵天』と書きながら説明した。


「その『梵天』が作った言葉とされるのが、『サンスクリット語』だから、『サンスクリット語』を『梵語』と書くんだ。『梵』は、インドとか仏教に関する物事に付く言葉なんだ


と、『少年』の父親が、『サンスクリット語』の説明をしている時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女が、


「アトムの生みの親は、『お茶の水博士』じゃのうて、『天馬博士』よねえ。『天馬博士』は、通事故で死んだ自分の子どもの『飛雄』(トビオ)に似せてアトムを作ったんよ。じゃけえ、アトムは、最初、『トビオ』いう名前じゃったんよ」


と云って、父親に向け、やや軽蔑の表情を見せた。


「じゃあ、『お茶の水博士』は、アトムの何なんや?」

「アトムが成長しないことに気付いた『天馬博士』が、アトムをサーカスに売ったんよ」

「はああ?そりゃ、ロボットじゃけえ、成長する訳ないじゃろうに。アトムみたいなロボットを作れるような優秀な科学者が、何でや?」

「『トビオ』を自分の子どもみたいに思うとって、その思いが強すぎて、当り前のことが分らんようになったんじゃないんかねえ」

「ほうかあ。まあ、分らんでもないがのお。で、『お茶の水博士』は、アトムが売られたサーカスの経営者じゃったんか?」

「違うよねえ。アトムは、サーカス団で、『アトム』いう名前にはなったんじゃけど、『お茶の水博士』が、サーカスでアトムを見て、凄いロボットじゃあ思うて、引き取って、親代わりになったんよ」

「育ての親じゃの」

「『お茶の水博士』は、アトムに、両親になるロボットも作ってあげたんよ



(続く)




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