「『シーボルト』が日本に来れたオランダ側の理由は分ったけど」
と、『少年』は、一応は、父親に敬意を評したが........広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、ドイツ人の医者ながらも、オランダの軍医として日本に来た経緯を、一部、想像を入れながらも息子に教えたのだ。
「でも、『シーボルト』はやっぱりドイツ人でしょ。その頃の日本は、ドイツ人でも入ることを許していたの?」
『少年』は、普通の子どもなら、いや、普通の大人でも、『少年』の父親による『シーボルト』来日の詳細な経緯説明それだけで満足するところを(『少年』の父親にその意図はなかったものの、詳細な説明にはぐらかされるところを)、自らの疑問が解消されていないことを忘れない。
「いや、『シーボルト』は、オランダ人として日本に入国したようだ」
「『シーボルト』って、オランダ語はできたの?」
「おお、いい質問だ」
『少年』の父親は、また、今なら(2021年の今なら)、『池上彰』風とも云える言葉を発した。
「『シーボルト』は、オランダ語ができたといえばできたようだ。ドイツ語とオランダ語は似ているとも云われるしな」
「え、そうなの?」
「父さんは、オランダ語に詳しくはないが、文章を少し見た時には、なんだかドイツ語っぽいな、と思ったことはある。それにな、オランダ語やオランダ人のことを英語では、『ダッチ』(Dutch)と云うんだ」
と説明ながら、『少年』の父親は、他人に気付かれない程度にではあったが、頬を薄紅に染めた。何かを連想したようであった。
その時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の隣で、
「ふわ~っの方がエエ。『お熱いのがお好き』よりのお」
と、少女の父親も、頬をほんのりと赤く染めた。何かを連想したようであった。
「何?何なん、『ふわ~っ』いうん?」
少女は、横断歩道の反対側に気を取られながらも、父親の方に顔を向け、訊いた。
「地下鉄よお。ふふんっ」
父親の口の右端から、涎が流れたかのように見えた。
(続く)
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