「『霜降山』くらいの山に住んでいて、麓の人と言葉が違うなんてことないと思う」
と、『少年』は、誰に対して、というものではなかったが、広義の言葉を口にした。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、ドイツ人の医者ながらも、オランダ人として、日本に入国したことを説明したところ、『少年』は、『シーボルト』がオランダ語はできたのか、という疑問を抱き、『少年』の父親は、『シーボルト』が日本入国にあたり、日本側の通訳からオランダ語の発音が変だと怪しまれたのを、自分は『山オランダ人』(山岳地方に住むオランダ人)だ、と誤魔化したようだが、オランダで一番高い山は、宇部市の『霜降山』くらいの高さに過ぎない、と説明したのだ。
「『霜降山』くらいの山が、山岳地方の山って云えるの?」
『少年』は、『霜降山』を思い描きながら、質問した。もう何日か後であったなら、『少年』は、
「キングコングなら『♫おおき~なやま~をひとまたぎ』くらいの山だと思う、『霜降山』は」
と、唄混じりで云ったかもしれない。1967年4月5日から、アニメの『キングコング』が始まり、小林亜星が作詞・作曲した主題歌が、『少年』の印象に強く残ることになるからであるが、その時はただ、こういうだけであった。
「山岳地方って、高い山が幾つも続いているような高い地方のことでしょ」
「その通りだ。『ネーデルラント』には、山岳地方と呼ばれる程に高い山はないんだ」
「じゃあ、『シーボルト』は、嘘をついたんだね。いや、オランダ人だ、と云うこと自体が嘘だけど」
「でも、当時の日本人は、オランダ、つまり、『ネーデルラント』のことを詳しく知らないから、『シーボルト』が自分のことを『山オランダ人』というのを鵜呑みしてしまったんだろう。オランダ商館長がそう云ったとも云われているがね」「今からしたら、笑い話のような嘘だね」
「面白い嘘といえばそうなんだが….」
と、何やら『少年』の父親が含みを持たせた云い方をした時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の隣で、
「すみちゃん…」
と、少女の父親が、横断歩道の反対側を見ながら、口を半開きにしたまま、そうため息をついた。自分の妻が、
「もう、アンタになんか見せたげんけえ。見せるんじゃったら、あそこの『キャップ』みたいな人にじゃ」
と、横断歩道の反対側にいる『少年』の父親を指差した時、その側にいる女性(『少年』の母親)に魅入ってしまったのだ。少女の母親は、『少年』の父親を、当時、人気番組となっていたテレビ・ドラマ『ザ・ガードマン』の『キャップ』こと『高倉隊長』、つまり、宇津井健と見たが、少女の父親も、『少年』の母親を誰か有名女性と見たようであったのだ。
「ふぁ~、綺麗じゃのお」
(続く)
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