「『ダンナ』って、『半次』が『月影兵庫』をそう呼んでるよね」
と、『少年』が、父親から『ダンナ』という言葉を知っているか、と訊かれ、当時、人気のあった時代劇『素浪人 月影兵庫』の登場人物を挙げた。素浪人である主人公『月影兵庫』を、旅の供をする渡世人『半次』は、確かに『ダンナ』と呼んでいたのである。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、その時は、『檀家』と『門徒』の説明となっていた。
「ああ、その『ダンナ』は、こう書くんだ」
と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『旦那』と書いた。
「でも、『旦那』は実は、こうも書くんだ」
と、『少年』の父親は、取り出して開いたままであった手帳に、自身のモンブランの万年筆で、今度は、『檀那』と書いた。
「ええ!?それって、『檀家』の『檀』だね」
「そうだ。だが、『檀那』の『檀』は、『檀家』の『檀』だ。というよりも、『檀那』と『檀家』って同じ意味の言葉なんだ」
「え?....『半次』って、調子者でおっちょこちょいで、信仰心が厚いようには見えなかったけど。あ、そうか、『ダンナ』は、『半次』じゃなくって、『月影兵庫』の方だ。んん…でも、『月影兵庫』も、剣の達人で強いけど、なんかお行儀悪くて、やっぱり信仰心がありそうじゃないけど」
「『ダンナ』(旦那)は、今では『主人』(あるじ)だったり、『夫』を意味するが、『ダンナ』は実は、『サンスクリット語』の『ダーナ』から来ているんだ」
「『サンスクリット語』?」
「ああ、『サンスクリット語』は、『サンスクリット』だけで本当は言語を意味するんだが、一般には『サンスクリット語』と呼ばれるようになっていて、『梵語』(ぼんご)とも云われているんだ」
「『ボンゴ』?」
と、『少年』が、何か思い当たるものがあるようなないような表情を見せた時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の父親が、
「『お茶の水博士』いうたら、アトムの生みの親の偉い先生じゃろう。その博士に似とるワシは、大したもんじゃのう」
と、強がって見せた。しかし、
「お父ちゃん、何にも知らんのじゃねえ。『鉄腕アトム』を作ったんは、『お茶の水博士』じゃないんよ」
と、少女が、父親の自負に水を浴びせた。
「へ?誰が、アトムを作ったんならあ?『お茶の水博士』は、アトムの何なんや?」
少女の父親は、当然ながら、もう大人で、漫画の『鉄腕アトム』もテレビ・アニメの『鉄腕アトム』もちゃんと見たことがなかったのだ。
(続く)
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