「早くウチに帰って食べた~い!」
『少年』の妹は、広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出て、バス停まで歩きながら、兄が抱える『福屋』の地下食品売り場で買った饅頭の包みを見ながら、身をクネらせそう云った。
「あったか~い!」
『少年』は、両手で抱えた紙箱入りの饅頭の包みの温かさに、幸せを感じた。まだ寒さの残る時期であった。
「ボクも早く『福屋饅頭』を食べたいなあーっ」
と、上品な家庭の子にしては珍しく、『少年」は喉を鳴らした。
「あ?ああ、それは『福屋饅頭』じゃないと思う」
『少年』の父親は、『少年』には意外としか思えない言葉を口にした。
「え?これって、『福屋饅頭』じゃないの?でも、『七宝つなぎ』に『三つ引』のマークが付いてるよ」
「『福屋饅頭』っていうのは別にあるんだよ。そちらにもちゃんと『福屋』のマークはついてるんだ」
「じゃあ、この饅頭は?」
「『小福饅頭』(こふくまんじゅう)というらしい」
「え?幸福?」
と云う『少年』は、『幸福の王子』然とした立ち姿であった。
「確かに、この饅頭を食べると、幸福な気分になれるから、『幸福』な『饅頭』だと思うが、『幸福饅頭』という名前ではないんだ。『小』さい『福屋』の『福』と書いて『小福饅頭』だ。でも、『小福饅頭』のことを『福屋饅頭』と思っている人も多いようなんだ」
『少年』の父親の云う通り、『小福饅頭』のことを『福屋饅頭』と思っている人は、当時(1960年代である)、多かった。そして、後に販売停止となった本当の『福屋饅頭』が、1999年以降、広島の老舗和菓子店である『平安堂梅坪』から復刻販売されるようになった時、本当の『福屋饅頭』を見て、
「『福屋饅頭』いうて、こうようなんじゃったかいねえ?」
と思う広島人は少なくなかった。『小福饅頭』のことを『福屋饅頭』と思っていたからである。今もまだ(2021年である)、『小福饅頭』のことを『福屋饅頭』と思っている人は多いであろう。
「確かに、『小福饅頭にも『福屋』のマークはついてるし、さっき見たように、自動製造機で目立つように作っているし、味も良くって、皆んな、たくさん買っているから、『福屋』を代表するような饅頭だ。だから、『小福饅頭』は、ある意味で『福屋饅頭』だと云っても間違いではないと思う」
「言葉の定義の問題なんだね。素敵な『福屋』が詰まっているから、この饅頭は、やっぱり『福屋饅頭』だね」
と、『少年』と『少年』の父親とが、『福屋饅頭』について語りながら、歩いてい姿を、『むすびのむさし』胡店から出てきた家族が見て、全員その場に立ちすくんだ。
「『ナルちゃん』!?」
(続く)
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