「え?!『キャップ』?」
『少年』とその家族がいた、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)で信号待ちしていた『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の母親が、反応した。側に立ち、信号待ちしていた20歳代後半と思しき女性の声に反応し、道路の反対側に眼を遣ったのだ。
「あ、『キャップ』が!」
当時、人気番組となっていたテレビ・ドラマ『ザ・ガードマン』の『キャップ』こと『高倉隊長』、つまり、宇津井健に似た『少年』の父親が、バス停へと向い、去って行こうとしていたのである。
「ええ、『キャップ』?!」
バス停に向う『少年』の父親を、『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の母親も、眼で追った。
「あ、『星由里子』が!」
バス停に向う『少年』の母親を、『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女の父親が、眼で追った。
「あ、『トニー』が!」
バス停に向う『少年』を、『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女が、眼で追った。
しかし、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)から、自分たちがそのような眼で追われていることも知らず、『少年』とその家族は、牛田方面に向う『青バス』(広電バス)に乗り込んだ。
そして、席に着くと、『少年』の父親は、『シーボルト』は、日本の女性とどう結婚したのか、という『少年』の質問そのものの答えず、
「国際結婚って、今でも手続きは易しくはないんだよ」
と、またまた回答の前提となることから話し始めた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、『少年』の理解を得たところで、『少年』は、『シーボルト』は、要するに、日本の女性とどう結婚したのか、という質問に立ち戻っていたのであった。
「だって、法律や制度が違う国の人と結婚するんだからな。しかも、一口に外国といっても、いろいろな国があり、国毎に、法律も制度も違っているんだ。それでも、今は、それぞれの国にどんな法律があったり制度があったりするかは分っているけど、江戸時代はそうではなかっただろうからね」
「それに、『シーボルト』って、オランダ人のふりをしていたけど、本当はドイツ人だったんだものね」
「今、国際結婚するとしても、大きく2通りのやり方があるんだよ」
「そうかあ。日本と相手の人の国と2つの国が関係しているからだね」
一を聞いて十を知る『少年』であった。
「そうだ。日本のやり方に従う方法と相手の人の国のやり方に従う方法との2つのやり方だ。日本で、日本の役所に婚姻届を出して、その後に、相手の人の国の大使館や領事館に、結婚したという証明書を出すんだ。ただ、日本の役所に婚姻届を出す際には、日本人は、本籍地以外で届を出す場合には、戸籍謄本も必要なんだが、相手の外国人は、『婚姻要件具備証明書』や『国籍証明書』、『出生証明書』を出さないといけなんだ。それぞれ日本語訳もつけないといけないんだ。しかも、誰が翻訳したかも明らかにしておかないといけないんだ」
と、『少年』の父親は、また手帳を取り出して開き、そこに、自身のモンブランの万年筆で、『婚姻要件具備証明書』と書いた。
「『婚姻要件具備証明書』というのは、その人が、独身であり、年齢等、その国の法律からして結婚しても問題がないことを証明する書類だ」
「ああ、そりゃそうだよね」
「でもな、『婚姻要件具備証明書』を出していない国もあるんだ。韓国なんかそうらしい。その場合には、『宣誓書』とか『申述書』を出すんだ。自分が結婚することに問題がないとする書類だ」
「そうかあ、相手の人の国によって出す書類、出せる書類が変ってくるんだね」
「相手の人の国によって変るのは、日本のやり方で結婚したという証明書もそうだし、それをどこに出すかもそうなんだ」
「世界には沢山の国があるから、書類も出すところも色々とあるんだろうね」
「日本のやり方に従う方法で結婚するだけでもそうなんだが…」
と、『少年』の父親が、『青バス』(広電バス)の中で、国際結婚の方法論を息子に説明している時、バスの後方席から、ある視線が、『少年』の妹の瞳を突き刺していた。
「『ヨウコ』ちゃん…」
バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声であった。
(続く)
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