「そうなんだ。『シーボルト』は、まさかのドイツ人なんだ」
と、『少年』の父親は、鸚鵡返しに息子に答えた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明したが、その『シーボルト』のことをオランダ人と思う息子の理解を否定したのだ。
「でも、『シーボルト』って、長崎の出島のオランダ商館にきたお医者さんで、日本に西洋医学を伝えた人じゃないの?」
『少年』は、相手が尊敬する父親であっても、疑問を呈することの躊躇はしない。
「それはその通りだ。しかし、『シーボルト』が、生れたのは、ドイツの、いや正確に云おう、さっきも話した『神聖ローマ帝国』の『ヴュルツブルク』というところなんだ。だから、ドイツ人なんだよ。『ヴュルツブルク』は、『レントゲン』で有名なんだ。X線を発見した『レントゲン』は、『ヴュルツブルク大学』で物理学を教え、そこの物理学研究所の所長になり、更には、総長にもなっているんだ」
「『レントゲン』のことも興味あるけど、その前に、『シーボルト』だよ」
『少年』は、既に横道に逸れてきているテーマが更に横道に逸れることを許さない。
「『シーボルト』が日本に来たのは、江戸時代でしょ。江戸時代、日本は鎖国していたから、日本に来ることができたのは、オランダ人だけじゃないの?」
「ああ、『鎖国』かあ….実はなあ、日本は、まあ、当時は徳川幕府だが、『鎖国』はしていなかったんだ」
「ええ!そんなあ!江戸時代、日本は鎖国していた、と習ったよ」
と、『少年』が、父親に対して猛然と抗議した時、
「ああ、赤木圭一郎かあ。じゃけど、赤木圭一郎が、なんで『和製ジェームズ・ディーン』なんや?」
えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)で信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女が、『トニー』と口にしたが、隣に立つ父親が、それを『トニー谷』が近くにいるのかと勘違いしたことに、少女が抗議し、自分が云ったのは、『トニー谷』ではなく、『和製ジェームズ・ディーン』こと『赤木圭一郎』だと、説明したのだ。
「お父ちゃん、知らんのん?!赤木圭一郎は、ゴーカートの事故で死んだじゃろう」
「おお、そのことなら知っとるで。日活の撮影所で、撮影の休みの間に事故を起こしたんじゃろ」
「ほうよね。『ジェームズ・ディーン』もクルマの事故で死んだんよ。じゃけえ、『和製ジェームズ・ディーン』なんよ」
「ほうかあ。じゃけど…」
(続く)
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