「『ナルちゃん』がここにおるわけないじゃろ」
広島市の『えびす通り』にある『むすびのむさし』胡店から出てきた家族が、互いの顔を見合せ、そして、眼の前を通っていく『少年』とその家族とを見て、その中で特に、『少年』を見て、囁き合った。
「そうよねえ。それに『ナルちゃん』は、今度、小学校に入るところじゃろ。あの子は、中学生くらいじゃけえ。じゃけど….」
『あの子』とは、『少年』のことであった。広島の老舗デパート『福屋』本店から出てきた『少年』である。そして、『ナルちゃん』とは、当時の皇太子(2021年現在で上皇となっている人)の長男で、『徳仁親王』(なるひと・しんのう)のことであり(2021年現在で天皇となっている人である)、その人の幼少期の愛称であった。当時の皇太子妃(2021年現在で上皇后となっている人)が、公務で訪米する際に、日本に残す我が子の子育てに関して、侍従や女官に対して書いたメモのことが、『ナルちゃん憲法』と呼ばれ、話題となっていたのだ。
「それに、『ナルちゃん』みたいに品はええけど、あの子の方がずっと美男子じゃ」
その家族は、『少年』の品の良さから、一瞬、『少年』を皇室の人と見間違うたようであったのだ。皇室の人たちは品がいい、有難い存在だと素直に思っていたのだ(多分、今も、そう思っている、他の多くの日本人同様に)。
「『ナルちゃん』いうより、あの子、『ジェームズ・ボンド』みたいじゃ。握手してもらおうかねえ」
家族の娘で、高校生らしき女の子が、頬を赤らめながらも、身を乗り出して行った。
「やめんさいや」
娘の母親が、制した時、『少年』が、胸に抱えるようにしていた『福屋饅頭』(実は、『小福饅頭』)の温かさに陶酔しているかのように、父親に云った。
「『福屋』っていいね。また、来ようね」
しかし、その息子のお願いに対し、『少年』の父親の回答は、意外なものであった。
「そうだな。だけど….」
(続く)
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