2021年12月29日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その92]



「『シーボルト』は、日本人の女性と結婚するのに、『所請状之事』と『離旦證文』を出さなかったの?」


と、『少年』は、江戸時代に結婚する際に必要とされた『所請状之事』と『離旦證文』との内容について理解したことで、本来の疑問に立ち戻ったのであった。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明に関連して、宗教、宗派のことまで語り出し、『檀家』と『門徒』との違いをも説明し、ようやく結婚の際に必要となった書類の説明を終えたところであった。


「あ、いや….『所請状之事』は、『庄屋』が出すもので、『離旦證文』は、お寺が出すもなんだった。あれ?」


と、『少年』は、現代の結婚は、結婚当事者が結婚の届を出すが、江戸時代はそうではなかったことに思い至ったが、問題の根本はそこにないことも直ぐに理解し、父親に別の質問を投げかけた。


「『シーボルト』って、『宗門人別帳』に名前があったの?」

「オランダ人、いや、本当はドイツ人だけど、まあ、日本じゃないから『宗門人別帳』に名前があるはずがない」

「じゃあ、オランダかドイツの『宗門人別帳』のようなものに、結婚した女の人の名前を書いてもらうことになったの?」

「『宗門人別帳』って、説明したように、今でいう戸籍簿みたいなものだろ。でも、オランダには、日本のような戸籍制度はないんだ。オランダだけではなく、欧米には戸籍制度はないんだ。日本の戸籍制度のようなものがあるのは、中国や台湾、韓国だけなんだよ」


韓国では、戸籍制度は2005年に廃止されているが、当時(1967年)は、『少年』の父親の説明通り、まだ戸籍制度があったのである。


「ええ、そうなの!」

「尤も、ドイツには、『家族簿』という家族単位での身分登録制度があるようなんだが、これは、ナチス・ドイツ時代に作られたものだから、『シーボルト』の頃にはなかったことになる」

「お寺が出す『離旦證文』もなかったんだろうね」

「そうだな。ただ、ヨーロッパでも、むか~しなんだが、『教会簿』という教会が管理する身分登録制度があったようなんだ。でも、キリスト教が分裂していってその制度を続けることが困難になって、身分登録はお役所がするようになったらしい」

「ふううん。どこの国でも、昔は、宗教が生活に深く関っていたんだね。ヨーロッパは主にキリスト教だったんだろうけど。...あ!そうかあ、『シーボルト』もキリスト教徒だったんだろうね。でも、『離旦證文』って、仏教関係だろうから、『シーボルト』は、『離旦證文』とも関係ないんだね。じゃあ、『シーボルト』は、日本の女性とどう結婚したの?




と、『少年』は、派生に派生を重ねる父親の説明に、自らの疑問の道筋を見失うことがないことを示した時、


「お父さんもビエ君もいい加減にして」


と、『少年』の母親が、『少年』と父親の会話に割って入った。


「もうそこにバスが来てるわ。ウチに帰りましょ」


と、バス停に向かって、『少年』の妹と歩き始めた。


「ああ、すまない。ビエール、まずはバスに乗ろう」


と、『少年』の父親は、『まずは』という言葉で、説明を中途では終えない、という意思を息子に示し、息子と共に、妻と娘の後を追った。


その様子を見た、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)で信号待ちする20歳代後半と思しき女性が、


「『キャップ』!」


と、思わず声を上げた。少年』の父親を、当時、人気番組となっていたテレビ・ドラマ『ザ・ガードマン』の『キャップ』こと『高倉隊長』、つまり、宇津井健と見間違うたあの女性である。



(続く)




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