2021年12月19日日曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その82]

 


「『山オランダ人』は、実は、あながち単なる嘘とも云えないんだ」


と、『少年』の父親は、息子に対して、それまでの自らの説明を否定するようなことを云い出した。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、ドイツ人の医者ながらも、オランダ人として、日本に入国しようとしたところ、日本側の通訳からオランダ語の発音が変だと怪しまれたものの、オランダで一番高い山は、宇部市の『霜降山』くらいの高さに過ぎないものしかないくらいに、オランダは『低い国』だったが、当時はまだオランダ事情に疎かった日本人に対して、自分は『山オランダ人』(山岳地方に住むオランダ人)だ、と誤魔化したようだ、と説明していたのだ。


「ええ!?『山オランダ人』なんて、高い山のない『ネーテルラント』にいる訳ないんじゃないの」


未だ穢れを知らない『少年』は、嘘を許せない。




「大まかな分類なんだが、オランダ語は、『低地ドイツ語』とも云われ、オランダ人を、『低地ドイツ人』とも云うらしいんだよ」

「ええー~!オランダが、『低地ドイツ』だから、逆に、オランダから見たら、ドイツは『高地オランダ』、つまり『山オランダ』ということ?」

「実際のところは分らないが、『シーボルト』が、自分のことを『山オランダ人』と云って、日本人通訳を誤魔化した時、オランダ人は『低地ドイツ人』とも云われることが頭をよぎっていた可能性はあると思うよ」

「でも、やっぱり『山オランダ人』なんて嘘だと思うけど、日本人通訳は、それを信じたんだね」

「日本人通訳だけではないんだ。『シーボルト』の娘も、自分の父親のことをオランダ人だと思っていたようなんだ」

「え?『シーボルト』の娘?」


と、『少年』が、父親からの『シーボルト』の説明の中に急に、知らない登場人物が現れ、唖然としている時、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道の反対側(『天満屋』側)では、信号待ちする『ノートルダム清心』の制服を着た高校生らしき少女のその母親が、


「はあん?どこに『坂本スミ子』がおるん?」


と、当時、『ラテンの女王』として人気のあった歌手の名前を出して、自分の夫に訊いた。


「何?何が、『坂本スミ子』なんや?」


夫が、妻に訊き返した。


「アンタが、『すみちゃん』云うたじゃないね」

「何云いよるんなら、『坂本スミ子』は、『おスミ』じゃろうが」

「なら、何なん、『すみちゃん』いうんは?」

「『田能久』よお」



(続く)




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