2021年12月4日土曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その67]

 


「2人ともホント、いい加減にして。行くわよ!」


広島の老舗デパート『福屋』の大食堂の出口で、『少年』の母親が、夫と息子を叱った。夫と息子が、いつまでも『もみじ』談義を続けていたからである。


「では、ごちそうさまでした」


と、大食堂のスタッフたちにそう云うと、『少年』の母親は、娘と共に、エレベーターの方へと向かい、『少年』と父親もその後を追った。


「ありがとうございました!」


大食堂の主任とウエイトレスたち全員が揃い、『少年』とその家族を見送った。それは、まるで皇族をお見送りするかのような珍しい対応ぶりであった。


「また来てくれちゃってじゃろうか?」

「アイスクリーム、サービスしたぎょうかあ思うとったのに…」

「『パパ』さん、この辺にお勤めじゃったら、お昼も食べに来てくれんかねえ」

「奥様が外商のお客さんになるんなら、ワシ、外商部に異動するけえ」


と、ウエイトレスたちや主任が、口々に自らの思いを吐き出しているのを背に、『少年』とその家族は、エレベーターに乗り、地下1階の食品売り場まで降りたのであった。


「うわあ!面白ーい!」


『少年』の妹が、父親に連れて行かれた饅頭の自動製造機の前で声を上げた。黄金色の直径5cm程度の饅頭が、回転しながら焼かれていたのだ。


「今日買うのは、『もみじ饅頭』ではなく、この饅頭だ。いいか?」


『少年』の父親は、自動製造機を囲むガラス越しに、回転する饅頭に見入る息子と娘の顔を覗き込むようにして訊いた。


「あ!七宝つなぎ』に『三つ引』だ。福屋のマークだね!」


『少年』も興奮していた。焼き上がった饅頭の表面には、父親から謂れを聞いたばかりの福屋のマークが刻印されていたのだ。


「ロボットみたいだわ」


『少年』の妹が、眼の前の饅頭の自動製造機をそう表現した。


「オートメーションだね。やっぱり広島って凄いね!」


『少年』は、その頃(1960年代である)、色々な工場で普及してきた『オートメーション』なるものをもう知っていた。


「うーむ…この機械は、多分、広島で造ったものではないと思う」

「え、そうなの?」

「確か、鹿児島のデパートの『山形屋』(やまかたや)でも、こんな機械で同じような饅頭を作っていたと思う。買って食べたことはないが、『金生饅頭』(きんせいまんじゅう)という名前だったと思う」


『少年』の父親は、鹿児島出身であった。母親も鹿児島出身であった。


「え!?金星の饅頭なの?金星みたいに、金色で光ってるようだから?」


金星神『アフロディーテ』のような美しさを持つ『少年』の妹は、自身の両眼を金星のように輝かせて訊いた。




「いや、『山形屋』が、金生町(きんせいちょう)という所にあるからだと思う。鹿児島以外の他の地方でも、デパートなんかで、やっぱりこんな機械で同じような饅頭を作っていると聞いたことがある。秋田では、『金萬』(きんまん)という名前の饅頭で名物になっているらしい。でも、父さんが食べたことのあるのは、福屋のこの饅頭だけだ。カステラのような生地に白あんが入っていて、とっても美味しいんだよ」

「他の地方の饅頭は、福屋の真似をしたんじゃないの?」

「いや、この機械を作ったのは、『キノ』とかいう鉄工所だと聞いたように思う。『城』に野原の『野』と書いて、『城野鉄工所』で、福岡の会社だと思う。だから、機械の名前は、『キノ式自動製菓機』だったんじゃないかなあ。最初の頃のこんな饅頭の名前は、『都まんじゅう』だったとも聞いたことがある」

「饅頭のオートメーションって、凄い発明だね!」

「そうだな、ビエールの云う通りだ。お客様の眼の前で、しかも、機械を使って自動で、甘い匂いを漂わせながら饅頭を作って、その場でそれを売るって、とってもいい発想だと思う。いい商品を、口でただ『いいです』、『美味しいです』と云うよりも、こんな風に製造実演販売した方が、お客様の眼と鼻とに、それからお腹に訴えるものがあると思う。アメリカのセールス・コンサルタントのホイラーという人は、『ステーキを売るな、シズルを売れ』と云ったんだが、その通りだと思う。『シズル』って、肉を焼く時の『ジュージュー』という音のことだ」


『少年』も『少年』の妹も、鼻腔を一杯に拡げ、眼の前で回転しながら焼かれ、作られていく饅頭のシズルを、いや、香りを吸い込んだ。



(続く)



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